ガリア人の特徴

ガリア人の特徴

ガリア人の特徴

ガリア人は、ケルト語派を話すいわゆるケルト人のうち、ガリア地域に暮らしガリア語あるいはゴール語を話した部族です。

 

古代ローマ人は、ローマ側による呼称である「ガリア人」と「ケルト人」をほぼ同じ意味として使っていました。

 

初期のローマでは、ガリアの地よりイタリア半島に侵入を繰り返し、ローマの脅威的存在と認識されていましたが、時代が下ると、強大化したローマから逆に侵攻を受けるようになりました。

 

ガリアとは

ガリアとは現在の概ね現在のフランス地域、その他ベルギー、スイス、オランダ、ドイツの一部を含む広大な地域です。

 

ガリア戦争

紀元前58年になると、ローマの武将であるガイウス・ユリウス・カエサルが、ローマ北方のガリアの地に侵攻しガリア戦争を起こします。

 

ガリア人は必死の抵抗をし、カエサルを苦戦させますが、最終的には敗北し、ガリアはローマの勢力圏に組み入れられました。

 

ガリア戦争では100万人ものガリア人が殺され、100万人が捕虜となり、その大半が奴隷とされたといいます。ガリア人から見れば、ローマ人による大虐殺ともいえる悲惨な戦争であったことは忘れてはなりません。

 

この戦いを契機にローマ文化が北方の広範な地に根付いていったので、もしここでガリア人が勝っていたら今のヨーロッパは全く違うものになっていたかもしれません。

 

現在のフランスの源流

ガリア戦争が終り時代が下ると、東方より移動(ゲルマン民族の大移動)してきたゲルマン人との混血が進み、後のフランク王国、フランスを形成していきました。こういった国の成立経緯からフランスの民族主義者は、しばしば自分のことをガリア人といいます。

 

ちなみにこのガリア戦争でローマに抵抗したガリア人として有名なのはアルウェルニ族のウェルキンゲトリクスで、フランス最初の英雄とされています。最初まとまりがなく統一行動がとれていなかった各部族をまとめあげ、ローマ軍を苦しめました。

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