古代ギリシャで栄えた「ギリシャ悲劇」の特徴とは?

古代ギリシャで栄えた「ギリシャ悲劇」の特徴とは?

古代ギリシャのアテナイを中心に前5世紀頃に栄えた「古代ギリシャ悲劇」と呼ばれる演劇があります。紀元前534年アテナイのディオニュソスの祭礼にて、イカリアの詩人テスピス(Thespis)により初めて上演されたもので、ヨーロッパ最古の演劇といわれています。ここではギリシャ悲劇の特徴を解説したいと思います。

 

有名な悲劇詩人

紀元前6世紀後半に活躍したテスピスは古代ギリシャ悲劇の祖とされており、一人の俳優が複数の役を演じるスタイルを確立し、劇の舞台に初めて立った俳優ともいわれています。その為現在ヨーロッパでは、彼への敬意を込め俳優のことをテスピアン(Thespian)とも呼びます。アイスキュロス/ソポクレス/エウリピデスは、多くの優れた作品を残し後世に大きな影響を与えた、三大悲劇詩人です。

 

古代ギリシャ悲劇の特徴

古代ギリシャ悲劇は、合唱隊によるディオニュソス神への賛歌ディテュランボス(酒神讃歌)に、仮面をつけた俳優による独白や対話を導入したものです。劇は仮面をつけた俳優と合唱隊のかけ合いで進行していきます。

 

俳優

悲劇を演じる俳優は始め1人でしたが、三大悲劇詩人のアイキュロスが2人に、ソポクレスが3人に増やしました。悲劇は国家行事なので、俳優のギャラはポリスから支払われていました。

 

合唱隊

俳優と競演する合唱隊(コロス)は、前述した俳優の増員に伴い12人から15人に増えました。また合唱隊(コロス)が登場する円形の舞台を「オルケストラ」と呼び、「オーケストラ」の語源となりました。

 
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