古代ギリシャの政治

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古代ギリシャ最初期の政治形態「王政」の特徴とは?

古代ギリシャといえばアテナイが「民主主義発祥の地」として有名だと思いますが、始めから民主政が敷かれていたわけではありません。アテナイの成立最初期は(紀元前1000年〜紀元前800年頃)は王政が敷かれていたと伝えられています。王政(モナーキー)とは、支配者たる王(君主)を1人立て、その者による単独的な国家運営を行なう政治形態です。ようは独裁政治のことです。『独裁』というのはとにかくネガティブなイメー...

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古代ギリシャの「貴族政」が終焉した理由とは?

アテナイを始めとする古代ギリシャのポリスでは、最初王政による支配が続いていました。しかし王家が力を失ったことで、少数の富裕層が主体となる貴族政(前8世紀〜前7世紀頃)へと移行。政策の決定は王の独裁ではなく評議会を通して行なわれるようになりました。貴族は莫大な富を背景に、土地・家畜・武器を独占し、国の発展・防衛に寄与することで長らくローマ社会を牛耳っていましたが、前8世紀に入り平民が急速に発言力を持...

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古代ギリシャで民主化前に「僭主」が出現した理由とは?

古代ギリシャ(とりわけアテナイ)において、貴族政から民主政移行への過渡期(前7世紀〜前6世紀)に僭主政という政治形態が出現しました。民主政とは明らかに異なる独裁的な政治体制ではありますが王政とは異なります。ここでは僭主政の特徴を解説したいと思います。僭主政誕生の背景最初期のポリスでは王政がしかれていましたが、王家が力を失うと、貴族(有力者)が主体となって国家運営を行なう貴族政が始まりました。一部の...

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古代ギリシャにおける「民会」で話し合われた事案とは?

民会とは、古代ギリシャのポリス社会において、法や予算、軍事など国の方針に関わる様々な意思決定を行なった市民総会です。エクレシア(英: ecclesia)とも呼ばれます。民会では戦争や遠征の承認将軍や騎兵長官など重要官職の選出外交問題の話し合いなどなど様々な事案の決定が行われ、民会で定められた決議や法律は、大理石の板などに刻まれてアクロポリスやアゴラなどで公示されていました。民会への参加者市民権を持...

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世界初の「民主主義」が古代ギリシャで始まった理由とは?

民主主義は英語で「democracy(デモクラシー)」と言いますが、これは古代ギリシャ語で国家・国民・住人を意味する「デーモス」と権力を意味する「クラトス」の合成語に由来しており、「人々の力」を意味しています。ギリシャ語が由来なのは、古代ギリシャ(とりわけアテナイ)が民主主義発祥の地となったことからなのですが、古代ギリシャで敷かれていた民主政は、現代における民主政とは異なるものであることには注意が...

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古代アテネの最高指導者「ストラテゴス」の役割とは?

将軍職(ストラテゴス)とは、古代アテナイにおける政治・軍事両面における最高指導者のことです。軍事面では戦争の指揮にあたり、必要な兵を集める役割があり、とくに民主政全盛の前5世紀のアテナイでは重要な職でした。最初は陸海軍を総括する軍事指揮官という役割でしたが、のちに政治にも影響力を持つようになり、事実上国の最高指揮官となりました。将軍職(ストラテゴス)の仕事内容歩兵隊長(タクシアルコイ)の選出ストラ...

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古代アテネの停滞を救った「ソロンの改革」の内容とは?

前6世紀頃(貴族政末期)のアテナイでは、深刻な社会問題が暗雲となって国中を覆っており、その状況を打開すべく七賢人の一人ソロンが様々な改革を行いました。ここでは古代ギリシャの停滞を救った「ソロンの改革」について具体的な内容を紹介したいと思います。ソロンの改革の背景参政権の不平等当時は他民族や国との戦争が日常茶飯事だった時代です。平民は自分の商業を守るため進んで戦争に参加しましたが、国家財政などなかっ...

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古代アテネの統治機関「アレオパゴス会議」とは?

古代ローマにおいて社会の実権を握り軍事や政策の決定を行なった最高統治機関「元老院」はよく知られていると思います。この元老院に相当した機関は古代アテナイにも存在しました。アレオパゴス会議と呼ばれる貴族中心の評議会です。アレオパゴス会議とは「アレオパゴス」という呼称は「アレス神の丘」を意味しており、議場がアクロポリス西方の小高い丘アレオパゴスにあったことに由来しています。アレオパゴス会議の議員には、最...

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