古代ローマの社会

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古代ローマの大規模農園「ラティフンディウム」の特徴とは?

ラティフンディウムは、古代ローマにおいて、征服地に開かれた、奴隷を労働力とした大規模農園です。第二次ポエニ戦争の頃から共和政末期にかけて急速に普及した経営手法として知られます。ラティフンディウムの影響ローマが地中海世界に急速に覇権を拡大していた時代。ローマは戦争で占拠した土地を国有地とし、耕作に必要な経済力を持つ有力者に分与し、有力者は征服地の奴隷を使役して、ブドウ、オリーブ栽培などで利益を得てい...

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古代ローマの「コロナートゥス」と「ラティフンディウム」の違いは?

コロナートゥスとは、帝政ローマ後期に、従来のラティフンディウムに代わり普及した農業形態の1種で、中世における農奴制の端緒ともなりました。コロナートゥス成立の背景ラティフンディウムとは、富裕層による奴隷労働に頼った大土地経営手法のことですが、「パックス・ロマーナ(ローマの平和)」と呼ばれる時代になり、征服地から奴隷を供給できなくなりました。労働力が不足して経営が成り立たなくなるという問題が出てきたの...

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古代ローマでは何歳くらいで結婚していた?

古代ローマの結婚年齢は非常に若く、下層階級の女性は10代後半から20代前半には結婚していました。元老院など上層階級の男性は20代前半に結婚することが理想とされていたようです。「結婚指輪」の文化はローマ発祥婚姻を結んだ者の「愛の証」として男女ペアの「結婚指輪(マリッジリング)」を身につける世界的な風習は、古代ローマより始まったものといわれています。ただ古代ローマ社会における結婚指輪は、「愛の証」とい...

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古代ローマ時代の「医者」は奴隷だった?

古代ローマにおける「医師」は、征服地から奴隷として連れてこられたギリシャ人が主です。「奴隷医」と呼ばれていますが、「奴隷」といっても、農場や鉱山などで過酷な肉体労働を強いられた奴隷と比べ、主人からの待遇は天地の差でした。高度な専門知識を必要とする「知的労働」なためです。奴隷医は、最初は奴隷として主人に付き従う必要があり、自由はありませんが、高官の治療などで功績をあげれば、解放されて解放奴隷となる場...

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古代ローマの教育事情とは?

現代において多くの先進国では、ある程度の年齢まで(日本では小〜中学校まで)は義務教育として国の負担となっており、「公立学校」に行けば誰でも「教育」を受ける権利を持っています。しかし古代ローマ社会ではまだ、「教育」とは国ではなくあくまで私的に行なうものだったので、今で言う「公立学校」のような場所はありませんでした。「勉強」は父親が教えるか、家庭教師の奴隷(多くがギリシャ人)を雇うかでしたが、家庭教師...

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古代ローマに「警察」は存在した?

現代における「警察」とは、軍隊とは分離した組織でありながら、国民に命令・強制する権利を持つ、軍隊に並ぶ実力組織でもあります。公共の安全や秩序、市民の命や財産を守り、犯罪防止・捜査などを行なう、というのが一般的に理解される警察の仕事でしょう。このような組織は古代ローマ社会にもあったのでしょうか。古代ローマにおける「警察」とは古代ローマ社会において、犯罪捜査や公共の治安維持のような役割は軍隊が担ってお...

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古代ローマの「パトリキ」と「プレブス」の違いとは?

共和政ローマ初期において、ローマ市民はパトリキ(貴族)/プレブス(平民)と呼ばれる市民階級で区別されており、階級によって、同じローマ市民でも普段の生活や、社会における扱いや役割などが大きく異なっていました。パトリキ(貴族)とはパトリキとはいわば貴族階級の市民のことで、古代ローマ社会における実権を握っていた人々です。共和政ローマ初期では、一握りのパトリキで独占された元老院がローマの最高決定機関となっ...

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古代ローマの世襲貴族「パトリキ」が身分闘争に敗れた理由とは?

身分制が根強かった王政・共和政ローマ初期において、ローマ市民のうち、プレプス (平民)と対比して、パトリキ(貴族)と呼ばれていたのが血統貴族(世襲貴族)の人々です。王政・共和政ローマ初期には、元老院の議員は全てパトリキで占められ、あらゆる特権を享受していました。「パトリキ」の語源「パトリキ(Patricii)」という語はラテン語の「父(pater)」 に由来しており、「富を受け継ぐ者」、「ノブレス...

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古代ローマの平民層「プレブス」が身分闘争を起こした理由とは?

プレブス(平民)はローマ市民の圧倒的多数を占めていた中級以下の庶民のことで、一握りの特権階級「パトリキ(貴族)」と対比して用いられます。貴族共和政下のローマにおいて、パトリキに対し「身分闘争」を起こし、参政権を始めとする様々な権利を手に入れたことは、ローマ史における重大な転機となりました。プレブスの特徴貴族共和政のローマにおいて、政治的・経済的な実権はほぼパトリキの独占状態であり、最高決定機関であ...

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古代ローマ社会の新貴族「ノビレス」が生まれた背景は?

ノビレス(新貴族)は、共和政中期の「身分闘争」の結果、パトリキ(貴族)とプレブス(平民)の権利差がほとんどなくなった結果、一部の有力なプレブスも混在した特権階級を指す「ノビレス(新貴族)」と呼ばれる新しい概念が生まれました。ここではノビレスの特徴や誕生までの経緯についてお話したいと思います。ノビレス誕生の背景共和政ローマ初期において、ローマ社会の実権を握っていたのはパトリキと呼ばれる一握りの世襲貴...

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古代ローマの奴隷はどんな仕事をしていた?

「奴隷(ラテン語:servus)」とは人権を認められず、商品として売買され、主人の所有物として扱われる人々のことです。ローマの空前の繁栄は、奴隷達が支えていたところが大きいのですが、彼らがどんな仕事をしていたのかはあまり知られていません。奴隷になる理由奴隷は戦争捕虜や奴隷の子供が大半を占めていました。借金の返済に苦しむ自由人が自らを売って奴隷になったり、同様の理由で親に売られた子供が奴隷になること...

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古代ローマで奴隷が解放奴隷になる方法とは?

「解放奴隷」というのは、奴隷制が存在する社会の中で、奴隷階級から解放された人々のことで、一般的には古代ローマ社会におけるそれを指します。「解放奴隷」の由来もともと「解放奴隷」とは「奴隷の息子の世代の階級」を指し、解放された奴隷自身のことではありませんでしたが、帝政期に「奴隷身分から解放された奴隷」を指す概念として使われるようになりました。男性の解放奴隷は「リベルタス(libertus)」、女性の解...

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古代ローマで話されていた言語は?

古代ローマでは、エトルリア語の影響を受けて誕生した「ラテン語」が公用語として使われていました。最初期はイタリア半島中部に限定された言語でしたが、ローマ帝国の征服地拡大にともなって、地中海世界全域で話されるようになりました。西ローマ帝国が滅んだあとも、西ヨーロッパの新たな支配者となったゲルマン人により話され続け、フランス、ドイツ、イタリア、スペインといった「西ヨーロッパ諸国」の言語の起源になりました...

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古代ローマではどんな文字が使われていた?

古代ローマでは国語(ラテン語)の表記文字として、ラテン文字(ローマ字)が使われていました。ラテン文字(ローマ字)は現在、ヨーロッパやアメリカなど全世界多数の国の国語表記で使われており、世界で最も解読者人口が多い文字です。基本的に西洋の文字と思われがちですが、インドネシアやベトナムなどアジアでも母国語の表記文字として採用されています。ラテン文字(ローマ字)の起源と歴史ラテン文字(ローマ字)は、エトル...

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古代ローマではどんな暦が使われていた?

古代ローマで使用されていた暦を「ローマ暦」といいます。現代使われているグレゴリオ暦の源流であり、前46年にユリウス暦が採用されるまで使われていました。ローマ暦の種類ローマ暦には最古の「ロムルス暦」とそれを改暦した「ヌマ暦」があります。ロムルス暦最も古いローマ暦は紀元前8世紀後半にロムルス王が制定され、この王の名にちなみ「ロムルス暦」と呼ばれています。ロムルス暦では一年を10ヶ月に区切り、1,3,5...

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古代ローマではどんな通貨が使われていた?

古代ローマの繁栄の理由の1つに、通貨の普及による商業の発展が挙げられます。通貨により流通が支えられ、決して肥沃な土地とはいえないローマが、豊富な物資で溢れるようになった為です。ここではローマで流通していた通貨を紹介しています。アウレウス(金貨)デナリウス銀貨25枚相当の価値があります。デナリウス(銀貨)アス銅貨10枚相当の価値があります。紀元前211年から造幣されました。セステルティウス(青銅貨)...

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古代ローマで特に信仰を集めた神殿とは?

古代ヨーロッパにおける「神殿」といえば、古代ギリシャの印象が強いかもしれませんが、ローマ社会でも神殿は神を祀る信仰の場として人々に大事にされていました。ここではローマ社会で人々の信仰心を集めていたローマ神殿を紹介しています。ヘラクレス・ウィクトール神殿ローマ神殿として有名なのはイタリア・ローマに建てられたヘラクレス・ウィクトール神殿です。古代ギリシャのパルテノン神殿のようにどっしりとしたスケール感...

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古代ローマでキリスト教前に広まった「ミトラ教」とは?

古代ローマ社会では伝統的に、多神教(ローマ神話の神々への信仰)が信じられていましたが、ローマ帝政期にキリスト教(一神教)への改宗が始まったことはよく知られています。しかしキリスト教が広まりを見せる前に、「ミトラ教」と呼ばれる宗教が流行していたことはあまり知られていません。ミトラ教とはミトラ教は太陽神ミトラスを崇拝する宗教で、紀元前1世紀から紀元後5世紀までの間、主に下層階級の人々を中心に信者を集め...

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古代ローマの「自治市」と「同盟市」の違いとは?

「コロニア(植民都市)」とは、ローマ人が入植する為に征服した地域のことです。英語で「入植地、植民地」を指す「コロニー(colony)」の語源にもなっています。コロニア(植民都市)を創設する目的建国以降、ローマはコロニアを積極的に創設し続けていましたが、これには「ローマの覇権を拡大する」ということ以外にも、増えた人口を移住させたり天然資源の権益を確保したり退役軍人の新たな職を確保するという目的もあり...

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古代ローマが「インフラの父」と呼ばれる理由とは?

古代ローマが築き上げた道路・街道・上下水道・城壁・娯楽施設といったインフラは非常に先進的で、史上類を見ない歴史的偉業とされており、近世になるまでローマ帝国全盛期に匹敵するインフラを築けた国家は皆無でした。帝国末期には、拡張したインフラの維持コストがかさむようになり縮小を余儀なくされましたが、全盛期時代のインフラは、現代のインフラ構築おいても参考にされるほどであり、古代ローマ人はしばしば「インフラの...

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古代ローマ時代に建設されたローマ水道の凄さとは?

古代ローマの諸都市で建設された水道をローマ水道、ローマ水路といいます。都市や工場に安定的に水を供給するために建設が開始され、時代が下るにつれ長大化していきました。ローマ水道は、古代土木建築史上最も優れた業績のひとつとされており、1人あたりの水供給量は、現代の先進国のそれを上回るものだったといわれています。ローマ水道建設の歴史紀元前312年に作られたアッピア水道、紀元前272年に作られたアニオ・ベー...

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古代ローマで最初に建設された下水道とは?

下水道は、都市の雨水や汚水を地下水路などで集めた後で、川や海などに排出するための設備です。水害防止公衆衛生の改善水質汚染防止など人々が安全安心な都市生活を送る上で重要な役割を担っています。古代ローマ時代にもすでにその必要性は認識されており、ローマ政府が作った下水道で最も有名なのが「クロアカ・マキシマ」と呼ばれる下水道です。ローマ最古の下水道「クロアカ・マキシマ」とはクロアカ・マキシマは古代ローマで...

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