ヨーロッパの民族問題|ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を知ろう

ヨーロッパの民族問題|ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を知ろう

ヨーロッパの民族問題|ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を知ろう

現代のヨーロッパの民族問題といえば旧ユーゴスラビア紛争が挙げられるでしょう。旧ユーゴスラビア紛争とは、1991年、6つの共和国からなる多民族国家だった旧ユーゴスラビアが崩壊し、遺された土地をめぐり、セルビア人、クロアチア人、ボシュニャク人の三つ巴の争いに発展した内戦です。最終的にはNATOや国際連合の加入により集束しましたが、一般市民含め20万人もの人々が犠牲になりました。

 

 

旧ユーゴスラビア紛争で起こった紛争

・十日間戦争(1991年)
・クロアチア紛争(1991年〜1995年)
・ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争(1992年〜1995年)
・マケドニア紛争(2001年)

 

旧ユーゴスラビア紛争後の民族対立

旧ユーゴスラビア紛争の結果、セルビア、クロアチアは各々の民族が主体となる独立国家になりました。しかしボスニア・ヘルツェゴビナは複数の民族が入り交じっており、ボシュニャク人、クロアチア人、セルビア人が各々の勢力圏を拡大しようと大規模な内戦(ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争)に発展したのです。

 

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が起こった場所

 

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争終結後

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争は1995年に終結し、ボスニア・ヘルツェゴビナはボスニア・ヘルツェゴヴィナ連邦(クロアチア人とボシュニャク人が主体)と、スルプスカ共和国(セルビア人が主体)による連邦制となることで収束(デイトン合意)しましたが、民族間の対立は完全に解消されたとはいえず、将来情勢の変化で分裂する可能性も指摘されています。

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