
偏西風(青)と貿易風(黄色と茶色)
中緯度で西から東へ吹く偏西風を示す世界地図。偏西風によって運ばれる海洋性の空気は沿岸部に降雨と湿度をもたらし、ヨーロッパなどの西岸海洋性気候を支える主要な要因となっている。
出典:Photo by KVDP /Wikimedia Commons Public domainより
ヨーロッパが寒いと思いきや、意外とそうでもない──そんなふうに感じたことはありませんか?たとえばドイツのベルリンやフランスのパリって、緯度でいうと北海道より北に位置するのに、冬も雪が積もりにくかったりする。いったいどうしてなのか?そのヒミツのひとつが「偏西風」という上空の風にあるんです。地球規模で吹いているこの風、じつはヨーロッパの気候を“あたたかく保ってくれる主役”として、ものすごく大事な役割を果たしているんですよ。今回はこの偏西風がヨーロッパの高緯度地帯をなぜ穏やかにしているのか、メカニズムから文化とのつながりまで、しっかりと追いかけていきます。
|
|
|
|
まずはそもそも「偏西風」ってどんな風なのか、その基本からおさえていきましょう。
偏西風(へんせいふう)とは、北半球では緯度30〜60度あたりの上空で西から東に向かって常に吹き続けている風のこと。ジェット気流とも関係が深く、この風は時速200キロ以上にもなることもあるんです。ヨーロッパのほとんどがこの範囲にすっぽり入っていて、つまり偏西風の“通り道”に位置しているというわけです。
偏西風は太陽で温められた大西洋の上空を通ってくるため、湿って暖かい空気をヨーロッパ大陸にたっぷりと運んできます。これが気温を底上げする要因になっていて、寒いはずの高緯度でも比較的穏やかな気候を保てるわけなんです。
偏西風だけじゃない、ヨーロッパの「意外な暖かさ」にはいくつかの相乗効果が関わっています。
ヨーロッパの西側に広がる大西洋では、北大西洋海流という暖流が南から北へ流れています。この海流が海面や周囲の空気をあたため、それを偏西風がキャッチして大陸に運んでくれる。いわば「海と風の合わせ技」なんです。
ヨーロッパの西側は険しい山脈が少なくて、なだらかな丘陵地が広がっているのが特徴。だから暖かい海の空気が内陸までスムーズに流れ込みやすく、西岸海洋性気候と呼ばれる温暖で湿潤な気候が広がりやすいんです。
気候が穏やかであれば、そこに生まれる暮らしや文化も変わってきます。偏西風は間接的に、ヨーロッパの人びとの営みにも大きな影響を与えてきました。
偏西風によってもたらされる湿度と安定した気温は、小麦・ジャガイモ・ブドウなどの農作物にとってかなり理想的な環境。だからイギリスやフランス、ドイツといった国々では、農業が長らく地域社会の土台になってきたわけですね。
この湿潤な空気に対応するために、ヨーロッパの家々は石造りで断熱性が高く、雨を効率よく流すための急勾配の屋根が定番になっています。これらの建築様式も、偏西風によって形成された気候への適応の結果なんです。
風が強く、しかも安定して吹く──この条件は風力発電にうってつけです。とりわけオランダやデンマーク、ドイツ北部などでは、偏西風を活かした洋上風力発電が活発に進められていて、ヨーロッパのクリーンエネルギーを支える要となっています。
偏西風は、航空機の航路計画にも重要な影響を与えています。西から東へ向かう飛行機はこの風を利用してスピードアップができるため、たとえばアメリカからヨーロッパに行くときの所要時間が短くなるというメリットもあるのです。
このように、ヨーロッパの高緯度地帯が「意外とあたたかい」理由には、偏西風という見えない力が深く関わっていたのです。風が運ぶ空気が人びとの暮らしを支え、時には新たなエネルギーの可能性まで開いてきた──まさに空を渡る、文明の味方なんですね。
|
|
|
|