ヨーロッパを東西に分けるアルプス山脈の成り立ち

ヨーロッパを東西に分けるアルプス山脈の成り立ち

ヨーロッパを東西に分けるアルプス山脈の場所・成り立ち

ヨーロッパにある代表的な山脈の1つにアルプス山脈が挙げられます。

 

オーストリア、スロベニア、イタリア、スイス、リヒテンシュタイン、ドイツ、フランスなど7カ国にもまたがる巨大な山脈です。

 

ヨーロッパでは東西・南北ヨーロッパの気候や文化の差にも大きな影響を与えたので、自然地理的にも歴史的にも重要な意味を持つ要素です。

 

構成

ヨーロッパ中央部を、半月形の弧を描いて、東西1200kmを走るヨーロッパ最大の山脈です。

 

東アルプス山脈、中部アルプス、西アルプス山脈に区分され、最高峰の山は、フランスとイタリアにまたがる標高4810.9mのモンブランです。

 

モンブランはヨーロッパでもコーカサス山脈のエルブルス山に次いで2番目に高い山です。

 

河川

アルプス山脈はヨーロッパにある多くの河川の水源地となっており、ここからドナウ川、ライン川、ローヌ川、ポー川、といった大河川が流れ出ています。

 

歴史

アルプス山脈には先史時代より人類が居住しており、交易における重要な水路、酪農、林業、水力などに利用されてきました。ローマの支配が及ぶまでは、山脈全域にケルト人が暮らしていたと伝えられています。

 

ローマ関連でいえば、紀元前218年、カルタゴのハンニバルがローマを奇襲する為に、フランスから戦象を従えてアルプス超えをした話は有名です。この奇襲から第二次ポエニ戦争が始まり、ローマは史上最悪規模の損害を被むりました。(最終的には持久戦で何とか勝利します。)

 

そして紀元前58年から紀元前51年、ガイウス・ユリウス・カエサルが起こしたガリア戦争により、アルプスのケルト人は駆逐され、以後数百年、この巨大な山脈はローマの支配下に置かれました。

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