フランク人の特徴〜フランス人の起源となった民族〜

フランク人は、古代ローマ末期に台頭したゲルマン系の一部族です。ゲルマン民族のうち西ゲルマンに属します。ローマ帝国の滅んだあとの西ヨーロッパを支配した民族で、フランク人の支配した地域は、フランスドイツイタリアの元となりました。ヨーロッパ史的にも非常に重要な存在といえます。

 

 

 

「フランク」の語源

「フランク」とは勇敢な、大胆な、荒々しい、猛々しい、恐ろしいなど複数の意味があるといわれています。ローマ人はライン川中流域で暮らすゲルマン人の総称として「フランク人」と読んでいました。最初期の記録には、ローマ帝国の領地に侵入する敵として彼らの名が現われています。フランク人により建国されたフランク王国が西ヨーロッパ全域に覇権を広げたことから、東ローマ帝国やイスラム諸国からは、西ヨーロッパ人全般を指す言葉としても使われていました。

 

フランク人の文化

言語

古フランク語:インド・ヨーロッパ語族ゲルマン語派の言語です。ゲルマン語起源のフランス単語の大半が古フランク語に由来するなど、現代フランス語に非常に大きな影響を残した言語です。

 

宗教

キリスト教カトリック

 

フランク人の歴史

フランク人に関する記述は、ローマ帝国時代後期からの記録に初めて登場します。ローマ人はライン川中流域に居住するゲルマン人のことをフランク人と呼んでいました。フランク人はサリ族、リブアリ族、カッティ族などで構成されていました。

 

ガリアへ進出

フランク民族で最も力を持っていたサリ族が、ゲルマン民族の大移動(375年〜)の一環でガリアに進出しました。ローマ帝国と最初は敵対していたものの、やがて同盟関係を築くようになりました。

 

フランク王国の建国

西ローマ帝国が滅んだ後は、サリ族の首長メロビング家のクロービス一世が統一王権を樹立し、のちのフランスとなるフランク王国を建国しました。クロービスは、ゲルマン民族で一般的だったキリスト教アリウス派からカトリックに改宗し、これが後に西ヨーロッパの文化形成に大きく影響しました。