リヨンの歴史

リヨンの街並み

 

リヨン(Lyon)フランス南東部に位置する都市で、ローヌ県の県都です。“ローヌ川とソーヌ川の合流点”という立地を活かした貿易業、絹織物など伝統産業、機械・金属・電機など各種工業、金融業などがさかんに行われる、パリ・マルセイユに次ぐ“フランス第3の都市”として国家経済を支える重要な存在となっています。また古代ローマ時代の遺跡や、ノートル・ダム聖堂、大司教館、世界遺産の「リヨン歴史地区」など歴史建築物が豊富なこともあり、観光地としても人気があります。

 

リヨンの時代変遷

 

古代

前1世紀半ば、ローマ人に建設された植民都市ルグドゥヌムを起源に持ちます。ローマ時代、地中海・大西洋・北海を結ぶ交易拠点および属州ガリア・ルグドゥネンシスの行政拠点として栄えますが、2世紀末に皇帝と対立し制裁を受けたことで衰退していきました。

 

ローマ植民市として成立した「ルグドゥヌム(Lugdunum)」は、ラテン語で「ケルトの神の丘」という意味です。この語が子音が消失するなど変化した結果、現在の都市名リヨン(Lyon)となったといわれています。

 

中世

西ローマ帝国崩壊後は、フランク王国神聖ローマ帝国による支配を経て、14世紀初めフランス王国に併合されました。そして15世紀になるとルイ11世(慎重王)から特権を得たことで、ヨーロッパにおける商業・金融の中心地となり、再び栄え始めるのです。

 

近世

宗教改革による混乱で一時停滞するも、16世紀にイタリアから絹織物の製法が伝来したことで息を吹き返します。18〜19世紀には、同時期の工業発展も後押しとなり、“世界絹織物市場の一大拠点”に成長しました。

 

絹織物工業による繁栄により、19世紀初頭に10万人程度だった都市人口が、20世紀初頭には50万人近くに急増しているのです。

 

近代

18世紀末のフランス革命期には、革命政府により、リヨンを拠点としていたジロンド派・反共和政(王党派)の虐殺が行われるなど社会的混乱を経験。第二次世界大戦では、北フランスの大半がドイツ軍に占領されたことを受け、南部の中心都市リヨンは、レジスタンス勢力自由フランス軍の拠点にされていました。