イギリスにおける宗教改革をわかりやすく

イギリスにおける宗教改革史

イギリスの宗教改革は国王主導で進められた点に特徴がある。ヘンリ8世の離婚問題から始まり、国教会の成立と信仰の変遷が続いた。本ページでは、ヨーロッパの国家権力や宗教政策、社会変化を理解する上で重要なこのテーマについて、より詳しく探っていこうと思う。

イギリスにおける宗教改革をわかりやすく

イギリスにおける宗教改革はルターやカルヴァンといった一般市民が主導したドイツスイスとは異なり、国王による上からの改革が行われたのが大きな特徴です。そしてそのきっかけが「ヘンリー8世(在位1509~47年)の離婚問題」というのも、イギリスの異色を際立たせています。



ヘンリー8世による改革

ヘンリー8世


ヘンリー8世が王妃カザリンとの離婚を認めないローマ教皇と対立し、カトリックを離れたのが始まりです。1534年国王至上法を制定し、イギリスの国教会をローマから分離、自らを唯一最高の首長と位置づけてしまうのです。これはイギリスキリスト教史における最大の転換点といえます。


エリザベス1世による改革

エリザベス1世


ヘンリー8世の子エドワード6世(在位1547~53年)の時にプロテスタント化が進み、次ぐメアリ1世(在位1553~58年)の治世でカトリックへの回帰があったものの、エリザベス1世(在位1558~1603年)が統一法(1559年)を定めるなどしてカトリック勢力の排除を再開。1563年頃には宗教統制を確立し、宗教改革を完成させました。


エリザベス1世は、宗教統制により国内の混乱を収集し、絶対王政を確立させることで、重商主義政策のもとイギリス海洋帝国の基礎を築きあげたのです。