東ローマ帝国の最盛期・最大版図は?

東ローマ帝国の最大版図

東ローマ帝国の最大版図は6世紀、ユスティニアヌス1世の時代に達した。地中海全域に及ぶ広大な領土を支配し、古代ローマの再興を試みた。本ページでは、このあたりの歴史的背景とヨーロッパ文化との関連について詳しく掘り下げていく。

東ローマ帝国の最盛期・最大版図は?

東ローマ帝国の最盛期と最大版図を教えてください。

東ローマ帝国の最大版図は、東ローマ帝国が西地中海を征服し、かつてのローマ帝国の全版図を回復したユスティニアヌス帝(在位:527~565年)の治世になります。一方東ローマ帝国が最盛期を迎えたのはマケドニア王朝(867年~1057年)の時代になります。


7世紀以降、東方のイスラム勢力に押され衰退していた東ローマ帝国ですが、9世紀から徐々に国力を回復。テマ制(軍官区政)という独自の軍事・行政制度を敷き、中央集権化・皇帝専制を確立しました。


ユスティニアヌス帝(在位:527~565年)の治世で現出した東ローマ帝国の最大版図


こうして国内の統制を安定させたことで、外に目を向け、イスラム勢力に奪われていた旧帝国領の奪還を開始します。11世紀前半には北イタリア、南イタリア、バルカン半島、アナトリア半島などを征服して、その版図は「東地中海帝国」といえるほどに拡大しました。


マケドニア朝ルネサンス

マケドニア王朝では、コンスタンティノス7世のもと古代ギリシア文化の復興が進められ、東ローマは「マケドニア朝ルネサンス」とも呼ばれる文化的繁栄を謳歌するようになりました。このマケドニア朝ルネサンスの時代、首都コンスタンティノープルは人口40万を擁し、世界各地から優れた商人・芸術家などがやってくる世界屈指の国際都市に成長しました。まさに東ローマ帝国の最盛期を体現していたといえるでしょう。