デーニッツとは何をした人?〜Uボートによる夜間浮上攻撃を実行〜

デーニッツ

 

デーニッツの基本情報

 

氏名:カール・デーニッツ
誕生:1891年ベルリン州にて
死没:1980年シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州にて
判決:禁固10年
官職:潜水艦隊司令官(1936年〜)→海軍総司令官(1943年〜)
著書:『10年と20日間』
実行政策:Uボートによる夜間浮上攻撃

 

デーニッツ(1891年 - 1980年)はドイツの軍人で、潜水艦艦長として名を馳せ、ヒトラーの後継者として末期の第三帝国を率いた人物として知られます。そんなデーニッツはベルリンに生まれ、1910年にドイツ海軍に入隊しキャリアをスタート。第一次世界大戦で潜水艦艦長として活躍した実績が買われ、36年潜水艦隊司令官に就任し、第二次世界大戦ではUボートによる夜間浮上攻撃で連合軍を苦しませました。

 

43年には海軍総司令官に昇進。自殺直前のヒトラーに総統兼国防軍総司令官に指名されると、5月8日全軍に降伏命令を出しています。ヒトラーに忠実な軍人ではあったものの、侵略戦争の決定やホロコーストをはじめとする戦争犯罪への関与は薄いことから、ニュルンベルク裁判での判決は「禁固10年」と軽い刑で済み1956年刑期を終えています。釈放後に回顧録『10年と20日間』を執筆。

 

デーニッツが有能といわれる理由

デーニッツは生粋の政治家ではなく、本業は軍人の潜水艦隊司令官なのですが、ヒトラー亡き後総統後継者に選ばれています。彼はドイツ陸軍の英雄ロンメルにちなみ「海のロンメル」と呼ばれる名の知れた軍人で、ヒトラーの思想に共鳴したわけではありませんでしたが、反共産・反動主義者ではあったため、第三帝国政府の命令には忠実でした。

 

後継者候補にはシュペーアゲーリングなど有力な者はいましたが、大戦末期、暗殺事件を経て疑心暗鬼になっていたヒトラーは空軍も陸軍も親衛隊も信用していませんでした。そこでヒトラーの「戦時中の国家指導者は軍務に関わった経験がなければならない」というこだわりに即し、ナチス色が薄いため連合国との交渉もしやすく、暗殺事件にも関与していなかった海軍トップであるデーニッツが選ばれたのです。

 

このような経緯なので、彼が特別有能であったというよりは、消去法で後継者に選ばれたと考えたほうがいいでしょう。しかし通商破壊戦術「群狼作戦(ウルフパック)」の立案者として、イギリスウィンストン・チャーチル首相を最も苦しめたドイツ軍人の1人であるので、軍人として有能であったことは確かです。