ソ連はもともと、安全保障の名目で、ソ連軍がポーランド領内を自由に通過できる権利を求めていました。しかしポーランドがこれを拒絶したことを受けて、ソ連はヒトラーと相互不可侵の交渉を開始。
そして1939年8月締結の独ソ不可侵条約内の秘密協定(ポーランドの西側3分の1はドイツが、東側3分の2はソ連が占領し、両国でヨーロッパを二分する)に基づき、9月17日にポーランド東部に侵攻を開始したのです。ポーランド軍の主力は対独戦に投入されていたため、東部の守りは薄く、赤軍による占領は短期に完了しました。
ポーランドに進軍するソ連兵
なおソビエト政府は侵略にあたり、ソ連・ポーランド不可侵条約(1932年締結)を破棄し、「国家崩壊が差し迫ったポーランド東部に住むウクライナ人とベラルーシ人を保護するため」とそれを正当化していました。
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