北アイルランド紛争

北アイルランド紛争

 

北アイルランド紛争とは、北アイルランドにおける現地民とイングランドやスコットランドから来た入植者たちが対立して起こった一連の事件です。

 

 

 

紛争の原因

北アイルランド紛争の主な原因は宗教対立です。アイルランドは元々カトリック教の国ですが、イギリスとの繋がりが強い北アイルランドは、イングランドやスコットランドから来たプロテスタントの入植者が多く住む地域でした。そのためプロテスタント入植者を中心とする北アイルランドと、カトリックを中心とする南アイルランドは政治的に分断された状態でした。

 

両地域の対立は60年代以降いっそう深まっていき、武力行使やテロをともなう紛争に発展したのです。1972年に起きた「血の日曜日事件」では、北アイルランド・ロンドンデリーでデモ活動を行っていたカトリック派の人々に対してイギリス陸軍が突然発砲し、27名が死傷。カトリックの人々の怒りに火をつけ、南北対立をますます深いものにしてしまったのです。

 

紛争の結果

1998年、アメリカのビル・クリントン大統領とイギリスのブレア首相の呼びかけのもと、ベルファスト合意が結ばれたことで、ようやく和平が成立しました。しかしこの合意により、北アイルランドは正式にイギリス領に編入されたため、アイルランドの南北分断も決定的なものとなりました。そのため現在もアイルランドの南北統一を掲げ、イギリスを敵視する勢力が一定の支持を受けるなど、合意で一応の決着はしたものの「アイルランド問題」は完全に解決したとはいえないのが実情です。北アイルランドにはいまだにプロテスタントとカトリックの地区が分かれて存在しています。

 

紛争の犠牲者

長年の紛争にようやく終止符が打たれましたが、カトリック、プロテスタント両派の犠牲者は合計で3500人にもおよびました。さらに北アイルランド紛争の影響とみられる未解決殺人事件は2000件以上存在していると言われています。