ナチスによるオリンピック政治利用・プロパガンダ

ナチスはどのようにしてオリンピックを政治利用したのでしょうか?

1936年のベルリンオリンピックはナチス政権下で行われました。最初は「ユダヤ人の汚れた祭典」などといって、オリンピックに乗り気でなかったヒトラーですが、側近の勧めで国威発揚やナチスの宣伝に最大限利用することにしたのです。

 

そしてオリンピック期間中は反ユダヤ主義・人種差別・軍国主義的性格は隠し、外国人歓迎ムードを全開にし、「平和主義で懐の広いドイツ」を演出。(それでも自国代表選手からユダヤ人やロマ族を徹底排除することに妥協はしなかった)

 

10万人の観衆を前にヒトラーが開会宣言を行ったことは、この上ない宣伝になったことでしょう。

 

最終的に「アーリア人の優秀性と自己の権威を証明する」と位置付けたオリンピックは大成功し、国内での求心力を高めるだけでなく、ナチスドイツの国際社会での地位を確立させる結果を生んでしまいました。

 

オリンピックが終了後、高まった求心力を背景にヒトラーはますます強権的になり、ユダヤ人に対する迫害にも歯止めがかからなくなり、第二次世界大戦、ホロコーストなどの悲劇に発展していくのです。

 

ベルリンでのオリンピック開催が決定したのは1931年で、ヒトラーが政権をとる前のことです。アメリカ・イギリスなどユダヤ人差別政策に反対する国はボイコットを呼びかけましたが、ナチスによる何としても自国開催したいがための「差別やめたフリ」を真に受けてしまい、結局断念しています。