ゲッベルス(1897年 - 1945年)は、ナチスドイツの政治家で、ナチスの宣伝部長として国内の言論弾圧や文化統制を主導した人物として知られています。プロイセン王国ライン州出身。ナチス左派を代表するシュトラッサーの秘書を経て、1926年ナチスに入党。シュトラッサーとヒトラーが対立するようになると、ヒトラーの側に立ち、1929年ナチスの宣伝部長に就任しました。そしてナチス政権下では、新聞・映画・音楽などあらゆるメディアにおけるプロパガンダおよび表現規制を担当するようになり、巧みなデマゴギーで大衆の戦争動員、ユダヤ人迫害を推進したのです。第二次大戦において敗戦間近になると、遺書でヒトラーから後継者に任命されるも拒否し、ベルリンにて家族を巻き込み心中しました。
ゲッベルスは1945年5月1日、妻や子供とともに無理心中しており、ゲッベルス本人の自殺の詳細についてはっきりとしたことはわかっていませんが、おそらくは青酸カリの服用と銃で頭を撃ち抜くことを併用したものとみられています(ヒトラー夫妻も同じ方法で自殺しています)。その後ゲッベルス夫妻の遺体は中庭で燃やされ、地下のフォアブンカーに残された子供たちの遺体は、後にソビエト軍に発見されました。
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