両シチリア王国ってどこにあった国?

一般的にヨーロッパの歴史を語るとき、多くの国家や王国が登場しますが、その中でも両シチリア王国というのは、正直あまり目立つ存在ではありません。半世紀ほどと極めて短命な国であったことが背景にありますが、両シチリア王国はどこに存在した国で、どのような特徴を持っていたのか知っておくことは、ヨーロッパの政治変遷を知る上で意外に重要なので、余裕があれば抑えておきましょう。

 

 

両シチリア王国の位置とその成立

両シチリア王国は、南イタリアとシチリア島を領土としていた国で、その名の通り「両シチリア」は南イタリアの一部(通称:大シチリア)とシチリア島(小シチリア)を指します。1130年にシチリア王国が成立し、その後南イタリアが徐々に統合されていき、1816年まで存在しました。

 

両シチリア王国の終焉とその後

両シチリア王国の終焉は、イタリア統一の動きと密接に関係しています。19世紀半ば、サルデーニャ王国を中心にイタリア統一の動きが活発化し、両シチリア王国もその流れに巻き込まれます。最終的に1860年、ガリバルディの遠征により両シチリア王国は滅亡し、その地は新たに成立したイタリア王国の一部となりました。

 

両シチリア王国は、南イタリアとシチリア島を領土としていた国家で、1130年に成立し、その後はイタリア統一の波に巻き込まれ1860年に消滅しました。現在ではその地はイタリアの一部となっており、その名はあまり知られていないかもしれませんが、歴史の中にその存在を確認することができます。