ロシア音楽の特徴と歴史

ここではロシアの音楽の歴史について簡単にまとめています。

 

ロシア音楽家といえば、日本で一番なじみ深いのは、バレエ音楽も高名なチャイコフスキーでしょうか。

 

チャイコフスキーは19世紀の音楽家で、ロシアで職業音楽家としての地位を初めて確立したといっても過言ではない人物でした。

 

民俗音楽家の受難

10-17世紀ごろのロシアでは、スコモローフと呼ばれる芸人たちが、ブィリーナと呼ばれる叙事詩の弾き語りや、婚礼や葬儀の音楽の演奏をしていました。

 

しかし、ロシア正教会が権力を強めるにつれ、スコモローフたちは厳しく弾圧され、娯楽音楽そのものも社会を堕落させるものとみなされるようになりました。

 

そのため教会音楽はよく発展しましたが、それ以外の場所では「音楽家」はほとんど存在しませんでした。

 

ロシア音楽の敵はロシア人そのものであった、というところに、他の国の民俗音楽の歴史との大きな違いがあります。

 

ヨーロッパ音楽との出会いと発展

そのような背景があったため、ロシアでは音楽は貴族の道楽の域を出ないもので、それ以上のレベルを目指すならヨーロッパに行かなければならないという状況でした。

 

18世紀に入るころ、当時の皇帝がヨーロッパ音楽に感銘を受け、音楽教育は社会の成長につながると考えるようになったことで、その状況は大きく動き始めます。

 

ヨーロッパから著名な作曲家が音楽教育のためにロシアを訪れるようになり、国内でも音楽を学ぶ環境ができました。ロシア語のオペラや、伝統音楽のスタイルを取り入れた曲も生まれ、「音楽家」という職業が認められていきました。

 

19世紀にはチャイコフスキー、また、「ロシア五人組」とも呼ばれる、ロシア伝統音楽のスタイルをヨーロッパ音楽と融合させた5人の作曲家たちによって、ロシアの音楽は世界に高く評価されるようになったのです。

 

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チャイコフスキー;交響曲第二番

「小ロシア」の愛称で知られる、民謡の要素を多く取り入れた交響曲。