アメリカとバチカン市国の関係

アメリカ合衆国とバチカン(教皇領)の関係はアメリカ合衆国建国まもない18世紀末から始まりました。ただアメリカはプロテスタントの多い国なので(プロテスタントのオランダ人・イングランド人が最初に入植を始めた影響)、関係は順風満帆とはいきませんでした。

 

リンカーン暗殺事件で、メアリー・サラット(事件の共謀者)のカトリックの息子がアメリカを逃れバチカンに亡命した事実から、教皇が暗殺に関わっていたのではという噂が流れたくらい、反カトリック感情が強かったのです。

 

関係の樹立

そんなことから、両国の外交関係の樹立が正式に発表されたのは、1984年とかなり最近のことなのです。冷戦期における「反共」という共通課題が両者を接近させました。

 

以降は交流が進展し、近年ではオバマ、トランプ、バイデンと三代続けてローマ教皇と会談するなど、おおむね良好な関係が維持されています。