サーレマー島の歴史

サーレマー島はバルト海、に位置するエストニア領の島です。中世の歴史的建築物を主とした観光業や牧畜、農業がさかんで、島の象徴的存在として親しまれるアングラ風車群でも有名です。そんなサーレマー島はどのような歴史を辿ってきたのでしょうか。

 

このページの内容

 

名前の由来

「サーレ」とはエストニア語で「島」を意味しています。

 

支配の歴史

中世

中世盛期におけるサーレマー住民は海賊業を生業としており、デンマークやスウェーデンを対象に沿岸部において略奪行為を行っていました。しかし13世紀には北欧の異教徒征伐のために組織された「北方十字軍」に征服され、以来島民とキリスト教布教勢力の内部闘争が活発化するようになります。

 

その後はドイツのリヴォニア騎士団、デンマーク、スウェーデンの支配を経て、大北方戦争後、ロシア帝国領に編入されました。

 

近代

19世紀頃、島の南東部に、現在サーレマーのシンボルとして観光客に人気のあるアングラ風車群が建てられ始め、20世紀の2つの大戦では、戦略的要所として島の領有をめぐり各国が争いました。第一次世界大戦後にエストニア領となりましたが、ソ連の影響が非常に強く、島内には冷戦終結までソ連の軍事施設が置かれていました。

 

 

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