ドイツと中国の関係

ドイツと中国の関係は、1861年にプロイセンと清王朝との間で条約が結ばれたのが始まりといえ、その10年後にプロイセン時代の対中関係を継承するドイツ帝国が誕生しました。

 

それから20世紀初頭までの中独関係はお世辞にも良好とはいえず、ドイツ帝国が帝国主義時代の波に乗り、中国における植民地利権の確立に執心したことが背景にあります。

 

多くの人口を抱える中国はドイツにとってこれ以上ない輸出市場だった上、「世界政策」の要となるドイツ海軍の宣伝場所としても利用できると考えていました。

 

義和団の反乱

ドイツ帝国は、1899年から1900年にかけて中国・清で起こった「義和団の反乱」で、他の欧米列強とともに鎮圧に動いています。この事件をきっかけにさらに中国支配を強めていきました。

 

第一次世界大戦終結後

第一次世界大戦の敗戦でドイツ帝国は崩壊し、中国の植民地も全て失う結果となりました。その後ワイマール共和国のもと一時関係は修復されるも、ナチスドイツの台頭と第二次世界大戦の勃発でそれも無に帰しました。

 

ナチスドイツは中国支配を強める日本と同盟を組み、中国は日本が真珠湾攻撃を行った後にドイツに宣戦布告しました。そしてその結果を受け、大量のドイツ国内の中国人がゲシュタポに逮捕されています。

 

第二次世界大戦終結後

戦後ドイツは冷戦の激化とともに東西に分裂し、西ドイツはドイツ統一には中国の協力関係を結ぶのが有益と考え、1つの中国政策を支持、1972年に正式に外交関係を樹立しています。

 

ソ連の影響下にあった東ドイツに関しても、中ソ対立が激化する中でも中国との良好な関係を維持し、互いに外交訪問が頻繁に行われました。

 

ドイツ統一後はさらに両国の経済・文化・政治交流は深化していきました。

 

近年

近年ドイツは香港問題やウイグル問題、台湾問題により、中国への批判姿勢を強めており、関係は良好とはいえない状況です。