ドイツと中国の関係

 

ドイツと中国の関係は、1861年にプロイセン清王朝との間で条約が結ばれたのが始まりといえ、その10年後にプロイセン時代の対中関係を継承するドイツ帝国が誕生しています。

 

 

ドイツ帝国時代の関係

ドイツ帝国時代(1871〜1918年)の中独関係は、お世辞にも良好とはいえず、ドイツ帝国が帝国主義にもとづき、「中国における植民地利権の確立」に執心したことが背景にあります。

 

中国での利権確立を重視

膨大な人口を擁する中国は、ドイツにとってこれ以上ない輸出市場だった上、「世界政策」の要となるドイツ海軍の宣伝場所としても、最大限利用できると考えていたのです。

 

義和団の反乱の鎮圧

そのような背景があり、ドイツは、1899年から1900年にかけて中国で起こった「義和団の反乱」で、他の欧米列強とともに鎮圧に動き、この事件をきっかけに、植民地支配を強めていきました。

 

ドイツ帝国崩壊後の関係

第一次世界大戦の敗戦でドイツ帝国は崩壊し、中国の植民地も全て失う結果となりました。その後ワイマール共和国のもと一時関係は修復されるも、ナチスドイツの台頭と第二次世界大戦の勃発でそれも無に帰します。

 

ナチスドイツとの敵対

ナチスドイツは中国支配を強める日本と同盟を組み、中国は日本が真珠湾攻撃を行った後に、ドイツに宣戦布告しました。これを受け、大量のドイツ国内の中国人がゲシュタポに逮捕されています。

 

ドイツ連邦成立後の関係

戦後、ドイツは冷戦の激化とともに東西に分裂してしまいます。それを受け西ドイツ(現ドイツ連邦の冷戦時代の通称)は、ドイツ再統一の為には、中国の協力関係を結ぶのが有益と考え、1つの中国政策を支持、1972年に正式に外交関係を樹立しました。

 

東ドイツとの関係も良好

ソ連の影響下にあった東ドイツに関しても、中ソ対立が激化する中であっても、中国との良好な関係を維持し、外交訪問が頻繁に行われました。

 

ドイツ統一後は両国の経済・文化・政治交流はさらに深化していきました。

 

現在の関係

近年ドイツは香港問題やウイグル問題、台湾問題により、中国への批判姿勢を強めており、関係は良好とはいえない状況です。