ゴッホとは何をした人?~ポスト印象派を代表する画家~

ゴッホとは

フィンセント・ファン・ゴッホは19世紀後半の画家でありポスト印象派の代表格であった。『ひまわり』や『星月夜』など独自の色彩表現で知られる。本ページでは、このあたりのバックグラウンドと後世への影響について詳しく掘り下げていく。

ゴッホとは何をした人?~ポスト印象派を代表する画家~


ゴッホの基本情報

 

本名:フィンセント・ファン・ゴッホ
別名:「炎の画家」
誕生:1853年オランダ
死没:1890年フランス
代表作:『木の根と幹』


ゴッホ(1853年 - 1890年)はオランダの画家で、ポスト印象派を代表する画家の1人です。ベルギー国境付近の小さな村に生まれ、画商時代を経て、1880年ブリュッセルの美術学校に入学。画商の弟テオの支援を頼りに、主にフランスを拠点としながら画家活動に取り組むようになりました。


もともとは重苦しい暗い色彩が目立つ画風でしたが、1886年にパリに移った後は印象派や浮世絵の影響で大胆で明るい色彩を多用するようになり、その後の美術に大きな影響をもたらしています。


なお「耳切り事件」が象徴するように非常に情緒不安定な人物であったようで、晩年には正気をなくし、ピストル自殺でこの世を去っています。彼の作品は存命中はほとんど注目されず、評価されるのは死後しばらくたってからのこととなりました。


ゴッホが耳を切り落とした理由

1889年12月23日夜のクリスマス前夜、剃刀で左耳を切り落とし、それを娼婦ラシェルに「プレゼント」したという狂気の逸話が残っています。


彼がこんな奇行に走った理由は、「共同生活者のゴーギャンに自画像の耳をからかわれた為」という説がよくいわれますが、はっきりとしたことはわかっていません。いずれにせよ、まともな精神状態ではなかったのは確かです。


彼は生前はほとんど評価されず、気難しい生活も相まって、自責の念から常に情緒不安定な状態でした。そのため共同生活者のゴーギャンとの関係も悪くなる一方でしたが、この耳切り事件が決定打となり、ゴッホの元をを去ったといいます