アレクサンドル2世とは何をした人?〜解放皇帝〜

 

アレクサンドル2世の基本情報

 

本名:アレクサンドル・ニコラエヴィチ
異名:「解放皇帝」
誕生:1818年モスクワにて
死没:1881年サンクトペテルブルクにて
王朝:ホルシュタイン=ゴットルプ=ロマノフ朝
在位:1855年 - 1881年
政策:クリミア戦争講和/大改革/露土戦争

 

アレクサンドル2世(1818年 - 1881年)はロマノフ朝のロシア皇帝で、「大改革」と呼ばれる上からの近代化を推し進めたことで知られる人物です。
そんなアレクサンドル2世は、ニコライ1世の長男として生まれ、クリミア戦争中に即位しました。父の後を引き継ぎ戦争を指導しましたが、セバストポリの陥落で敗色濃厚になったため、パリ条約により講和。この条約により黒海艦隊の解体を余儀なくされています。異名は農奴解放令により「解放皇帝」。
戦後はクリミア戦争敗北で自国の後進性が明らかになったことを受け、農奴解放令の発布やゼムストボ設置など「大改革」と呼ばれる諸改革を実施し、近代化を推し進めました。改革で国力を強化すると、露土戦争(ロシアートルコ戦争)を開始し、黒海やバルカン半島の支配権を画策。しかしその野心は新興のドイツ帝国や英仏列強諸国に阻まれたうえ、専制政治によって国内の不満が大きくなっていき、1881年ナロードニキの革命家により暗殺され、生涯を終えました。