古代ローマの「属州(プロヴィンキア)」とは

 

属州(プロヴィンキア)というのは、古代ローマが戦争によって獲得したイタリア半島外の領土(海外植民地)のことです。ローマ最初の属州は第一次ポエニ戦争(前264年〜前241年)の結果獲得したシチリア島で、次いでコルシカ島、サルデーニャ島を第二の属州として獲得。これを皮切りに属州を広げ続けることで、前1世紀までには地中海世界全域を支配下におく大帝国を形成するに至ったのです。

 

属州の統治

属州(プロヴィンキア)の統治は元老院から任命された総督(知事)に任されていました。属州民には収入の10パーセントの徴税を義務付け(通称「十分の一税」)、属州が拡大するにつれ、ローマには地中海世界各地から大量の奴隷(戦争捕虜)や安価な穀物にもたらされるようになり、共和政や奴隷制社会を支えていくことになったのです。

 

ローマ内乱の間接要因にも

しかし安価な穀物が大量に流入、奴隷労働による大土地経営(ラティフンディア)が拡大したことで、本土の自作農は大打撃を受けます。結果、国内の分断が深まり、ローマ内乱を経ての共和政崩壊・帝政移行へと繋がっていくのです。