カリアリの街並み
カリャリ(カリアリとも)(伊:Cagliari)は、イタリア・サルデーニャ島南部に位置する、サルデーニャ自治州に属する都市です。セメント工業や漁業を主要産業とし、イタリア屈指の海塩産地としても知られます。
古代フェニキア人により建設された植民都市「カラリス(Karalis)」が起源です。北アフリカとヨーロッパを繋ぐ絶好の中継地として栄え、前3世紀ローマに征服された後も、同国の交通の要地として重要な役割を果たし、商業港として繁栄しました。
西ローマ帝国崩壊後は、ヴァンダル族による支配を経て、東ローマ帝国の勢力圏に組み込まれ、判事が統治する独立王国の首都として繁栄。14世紀以降はピサ共和国とアラゴン共和国がサルデーニャ島の利権を巡り争うようになり、カリャリはこの戦いに勝利したアラゴン王国(のちのスペイン帝国)の支配下に入りました。
18世紀になるとイタリアの有力貴族サヴォイア家が台頭。同家のサルデーニャ島獲得にともないサルデーニャ王国が成立し、カリャリはその首都として発展していきました。18世紀末のフランス革命戦争ではフランス軍がカリャリ征服を試みていますが、サルデーニャ軍の抵抗により失敗に終わっています。
19世紀後半から、サルデーニャ王国主導でイタリア統一運動(リソルジメント)が展開され、1861年には統一が完成しイタリア王国が成立。カリャリはこの新興国の治世下で急速な発展を遂げていきました。
ドイツのポーランド侵攻を機に第二次世界大戦が勃発すると、ドイツの同盟国イタリアも呼応し連合国に宣戦布告。イタリア軍の潜水艦基地があったカリャリはとりわけ攻略対象になり、連合軍の爆撃により多くの損害を被りました。
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