アメリカ独立戦争におけるイギリスの敗因とは?

七年戦争(1754年〜63年)で財政難に陥ったイギリスは、植民地への課税強化(砂糖法、印紙法、タウンゼンド諸法、茶法など)で厳しい財政状況を立て直そうとしました。しかしこれはとりわけアメリカ植民地住民の反発を生み、アメリカ独立戦争の引き金を引いてしまいます。イギリスがこの戦争に敗北したことは、のちの超大国アメリカ合衆国成立に繋がる世界史上でも極めて重要な出来事なのですが、そもそもなぜ当時にして最強最大の軍事力を持つ国家が、当時にしてまだ辺境の後進国に敗北を喫してしまったのでしょうか。

 

イギリスの主な敗因

イギリスの敗因は主に地理的・政治的・心的な要因の3つを挙げることができます。

 

地理的な要因

第一にアメリカ大陸の地理的な遠さにあります。イギリスは大西洋の向こう側に兵や物資を補給するのに莫大な時間とコストが必然的に生じるのに対し、アメリカは現地の有り余る資源を好きなだけ、即座に使うことができたという圧倒的な優位性がありました。

 

政治的な要因

アメリカ独立戦争の最中、ヨーロッパ大陸でも戦争は起きており、そちらにも手を回す必要があったこと、強いだけに敵も多く、フランスやスペイン、オランダなど主要なヨーロッパの強国がアメリカに与したこと・・・などもアメリカが劣勢にならざる得なかった要因といえます。

 

心的な要因

アメリカ市民には独立を達成しようという強いモチベーションがあったのに対し、イギリス兵には多大な犠牲を払ってまで戦い続ける見返りがなく、根本的に戦意に差があったことも敗因として小さくないといわれています。

 

 
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