両シチリア王国

両シチリア王国(伊:Regno delle Due Sicilie)は、19世紀初頭、シチリア王国とナポリ王国の統合により成立した、ブルボン家支配の王国です。19世紀後半に始まるイタリア統一戦争の中、千人隊のガリバルディに征服され滅亡したため短命に終わりました。

 

両シチリア王国の歴史

成立

ナポレオン戦争終結後、戦後の国際秩序を決定するウィーン会議で、「シチリアの晩鐘」以来分裂状態にあったシチリア王国と、ナポリ王国を統合することが決定し、1816年、ナポリを首都とする両シチリア王国が成立しました。ナポリ王とシチリア王を兼ねるという「両シチリア王(Rex Utriusque Siciliae)」の称号は、中世にはすでにありましたが(15世紀にアラゴン王アルフォンソ5世が使用)、正式な国号となったのはこれが初めてです。

 

滅亡

19世紀中期、サルデーニャ王国主導で、イタリア統一運動(リソルジメント)が勃興し、イタリア諸都市が次々サルデーニャ王国に併合されていきました。両シチリア王国も、1860年にはガリバルディ率いるイタリア連合軍(赤シャツ千人隊)に占領され滅亡。翌1861年に成立したイタリア王国に併合されていきました。

 

 
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