西ヨーロッパ(西欧)の国一覧|どこの国が含まれる?「西洋」との違いは?

西ヨーロッパ(西欧)とは

西ヨーロッパは主にフランス、ドイツ、イギリスなどを含み、経済発展と政治的安定が特徴の地域である。本ページでは、このような地理的要因やその影響についてさらに詳しく掘り下げていく。

「西欧」にはどこの国が含まれる?「西洋」との違いは?西ヨーロッパの国一覧

西ヨーロッパ諸国は、アメリカやカナダ、そして戦後のアメリカから強い影響を受けてきた地域です。そのため、日本とも文化・政治・経済・宗教といった面で、意外なほど共通点が多く見られます。
さらに、ヨーロッパ史を動かしてきた主要な強国がこの地域に集中していることもあり、歴史を学ぼうとすると、どうしても西ヨーロッパ諸国が中心になりがちです。ある意味、ヨーロッパ史の“主舞台”。そんな位置づけですね。


ここでよく使われる「西欧諸国」という言葉ですが、実は定義はひとつではありません。一般的には、冷戦終結以前からの資本主義国、つまり冷戦期の「西側諸国」を指すことが多く、国連の地域区分よりも範囲が広くなります。
国連基準では、西欧にイギリスは含まれていません。でも、歴史や文化を軸にヨーロッパを東西で分ける場合、「イギリスは西欧の一国」と考えるのが、かなり一般的な感覚です。


西ヨーロッパとは、単なる地理区分ではなく、歴史と価値観の積み重ねによって形づくられた概念──ここが大事なポイントです。


以下では、そんな西欧諸国について、 どの国が含まれるのか定義はどう違うのか「西洋」との使い分け、そして地理や歴史の特徴まで、できるだけ幅広く整理しています。
軽く全体像をつかむのにも、じっくり読み込むのにも使える内容なので、参考にしてみてください。



西欧諸国

西欧諸国と一口に言っても、その範囲や意味合いは、使われる文脈によって大きく変わります。冷戦期の政治構造をもとに語られる場合もあれば、国連の地域区分として整理される場合もあり、「どの定義で話しているのか」を意識しないと、話が噛み合わなくなりがちです。 まずは枠組みの違いを押さえること──それが、西欧諸国を理解するための第一歩になります。


以下では「広義の西欧諸国」と「国連基準の西欧諸国」という二つの視点から、西欧という概念を整理していきます。


広義の西欧諸国

冷戦期ヨーロッパの資本主義・社会主義陣営地図

冷戦期ヨーロッパの勢力図
西側資本主義圏(青)と東側社会主義圏(赤)、非同盟国(緑)を色分けしたもの。鉄のカーテンによる東西対立構造と、ヨーロッパの政治地図を明快に示し、現在の西欧・東欧概念と密接に関係している。

出典:Photo by San Jose / Wikimedia Commons CC BY-SA 3.0 / title『Cold_war_europe_economic_alliances_map』より



広い意味で使われる「西欧諸国」という言葉は、主に冷戦時代の資本主義国家を指すケースが多く、とくにカトリック文化圏に属する国々を含めて語られることが一般的です。ここで大切なのは、単なる「地図上で西にある国」という話ではない、という点。政治や経済、文化の積み重ねが前提にあります。


冷戦期、これらの国々は「西側諸国」として、アメリカ合衆国を中心とするNATO(北大西洋条約機構)に参加し、共産主義圏と対峙する立場に立っていました。資本主義と民主主義を軸にした政治・経済体制は、各国の国内制度だけでなく、国際社会での立ち位置にも大きな影響を与えていきます。
つまり、西欧という枠組みは、当時の世界情勢そのものと強く結びついていたわけです。


宗教面に目を向けると、多くの西欧諸国はカトリック教会の影響を色濃く受けてきました。イタリア、スペイン、フランスといった国々が、その代表例ですね。信仰は単なる宗教にとどまらず、芸術や文学、建築様式、年中行事にまで深く関わり、人々の価値観や社会のあり方を形づくってきました。積み重なった歴史、その名残。


広義の「西欧諸国」とは、地理ではなく、冷戦の構図・経済体制・宗教文化が重なり合って生まれた概念──ここを押さえておくと、用語の使われ方がぐっと理解しやすくなります。


ですので、この言葉を目にしたときは、「どこにある国か」だけで判断しないこと。
その背後にある時代背景や文化的な共通点まで含めて考える──それが、西欧諸国を正しく捉えるコツです。


国連基準の西欧諸国

“西ヨーロッパ”はどこ?「西欧」と「西洋」の違いとは?

国連定義の西欧(水色の国)
オーストリアオランダスイスドイツフランスベルギーモナコリヒテンシュタインルクセンブルク


国連の文脈で使われる「西欧諸国」という言葉は、実はかなり範囲がはっきりしています。具体的には、オーストリア、オランダ、スイス、ドイツ、フランス、ベルギー、モナコ、リヒテンシュタイン、ルクセンブルクなど。
いずれもヨーロッパ大陸の西部に位置し、経済的に発展した高所得国として知られる国々です。多くがEU加盟国でもあり、政治や経済の分野で共通の方向性を持っています。


これらの国々に共通するのは、高い生活水準充実した社会保障制度、そして安定した民主主義体制。国際社会の中でも、存在感はかなり大きめです。
文化面でも層が厚く、長い時間をかけて育まれてきた芸術や思想が世界に影響を与えてきました。フランスならファッションや食文化、ドイツなら工業技術や音楽、オランダなら絵画やデザイン──それぞれが強い個性を放っています。


国際機関との関わり

さらに注目したいのが、国際機関との関わりです。国連の欧州本部はスイス・ジュネーブに置かれ、EUの中枢機関はベルギー・ブリュッセルに集中しています。
つまりこの地域は、単なる一地域ではなく、「国際社会が集まる場所」としての役割も担っているわけです。


国連基準の西欧諸国とは、地理だけでなく、経済力・政治的影響力・文化の厚みが重なった中核グループ──そう理解すると、位置づけがとても分かりやすくなります。


ヨーロッパを語るうえで、この国連基準の「西欧」という枠組みは、基準点として何度も登場します。まずはここを押さえておくと、後の話がぐっと読みやすくなりますよ。


西洋と西欧の違い

「西洋」と「西欧」。言葉の響きがよく似ているせいで、なんとなく同じ意味として使われがちですが、実はこの二つ、指している範囲もニュアンスもけっこう違います。
ここをあいまいなままにしてしまうと、歴史や国際関係の話が、どこかズレた理解になりがち。まずは言葉の輪郭を、きちんと整理しておきましょう。


西洋とは

西洋」という言葉は、一般にヨーロッパ文化圏──とくにキリスト教の伝統と価値観が根づいている地域を指す表現です。
語源的には「洋(大きな海)の西に位置する世界」という意味合いを持ち、長い歴史の中で「東洋」と対比されて使われてきました。


ただし、西洋は単なる地理用語ではありません。そこには、歴史観や世界観、文化のまとまりといった要素も含まれています。
そのため、西洋はヨーロッパだけに限定されず、アメリカやカナダ、オーストラリアなど、ヨーロッパ文化の影響を強く受けた地域も含む、かなり広い概念として使われます。
植民地時代を通じて広がった制度や価値観。その延長線上にある世界──それが「西洋」と呼ばれてきた領域です。


西欧とは

一方の「西欧」は、もっと具体的な言葉です。こちらは主に、ヨーロッパ大陸の西部に位置する地域を指し、フランス、ドイツ、イギリスなどの国々が中心になります。
使われる文脈も、文化論よりは政治・経済・歴史区分の話題が多め。冷戦構造やEU、資本主義圏といったテーマと結びついて登場することがよくあります。


つまり、西洋は「文化圏」を表す広い概念、西欧は「地域」を示すより限定的な呼び方──この違いを押さえておくと、混乱しにくくなります。


語感が似ているからこそ、無意識に混ぜて使ってしまいがちですが、文脈によっては意味が大きく変わってしまうこともあります。
必要に応じて「西ヨーロッパ」や「ヨーロッパ文化圏」といった表現を使い分ける。それだけで、話の精度はぐっと上がりますよ。


西欧の地理

西ヨーロッパの地形が判る衛星写真

西ヨーロッパの地形が判る衛星写真
アルプスやピレネーの山並み、海岸線の輪郭が一枚で把握できる。
平野と山地の対比が、地域の地形感覚をつかみやすくする。

出典:『Western Europe (MODIS 2017-06-27)』-Photo by Jeff Schmaltz, MODIS Land Rapid Response Team, NASA GSFC/Wikimedia Commons Public domain


 


西欧の地理は、そのまま歴史と文化の土台になってきました。海に開かれた立地比較的穏やかな気候人の暮らしに適した自然環境。こうした条件が重なり合い、この地域の発展を長い時間をかけて支えてきたのです。
地理は単なる背景ではなく、人の移動や経済活動、さらには国家の形まで左右する、重要な要素でした。


地中海と大西洋の影響

西欧の南側は地中海に面しており、典型的な地中海性気候が広がります。温暖な冬と乾燥した夏。この気候はオリーブやブドウといった作物の栽培に適しており、食文化や交易の発展にも直結してきました。
一方で、大西洋に面する地域では海洋性気候の影響が強く、年間を通じて気温差が小さく、降水量も安定しています。農業にとっては非常に扱いやすい環境と言えるでしょう。


地中海と大西洋、二つの海に支えられた安定した自然条件──それが西欧の持続的な発展を下支えしてきました。


山脈と河川の役割

アルプス山脈ピレネー山脈といった山脈は、西欧の自然環境を形づくる重要な存在です。これらは気候の境界となる一方で、雪解け水という豊かな水資源をもたらしてきました。
そこから生まれるライン川ロワール川などの河川は、農業用水としてだけでなく、交易や交通の大動脈として機能します。川沿いに都市が生まれ、経済活動が活発化していく流れは、西欧各地で共通して見られました。


人口分布と都市の発展

西欧の人口分布は、自然条件と経済活動の影響を強く受けています。温暖な気候肥沃な土壌を持つ地域では人口密度が高く、早い段階から都市が発展しました。
とくに河川沿い海岸沿いの都市は、古代から交易や産業の拠点として栄え、文化や経済の中心地へと成長していきます。


こうして育った都市同士が結びつくことで、西欧は一つの大きな経済圏・文化圏として動き始めました。 地理条件が都市を育て、都市が歴史を動かす──西欧の発展は、その積み重ねによって形づくられてきたのです。


西欧の地理は、その豊かな自然環境と戦略的な位置により、地域の歴史や文化に大きな影響を与えてきました。地中海と大西洋に面した気候条件、山脈や河川による自然の恵み、そして人口分布と都市の発展は、西欧の特徴的な地理的要素です。これらの地理的特徴を理解することで、西欧の文化や歴史、経済の背景を深く理解することができます。


西欧の歴史

西ヨーロッパ文化圏の形成に寄与したカール大帝(742 - 814)の戴冠を描く写本

カール大帝(742 - 814)の戴冠を描く写本
西フランク国王の皇帝戴冠は「西の帝国」という共通イメージを強め、西ヨーロッパ文化圏の形成に寄与した。

出典:Photo by Levan Ramishvili/Wikimedia Commons Public domain


 


西欧の歴史って、実は「この時代さえ押さえればOK」というものではありません。 古代中世、そして近代へ──それぞれの時代が、前の時代の上に少しずつ積み重なりながら、思想や制度、価値観を形づくってきました。一気にガラッと変わるというより、じわじわと続いていく感じですね。


ある時代の当たり前は、次の時代の土台になる。
そしてその土台の上で、新しい考え方や仕組みが育っていく。そんな連なりが、西欧の歴史の面白さでもあります。


西欧という地域は、時代の積み重ねそのものが「今の姿」をつくってきた──ここがいちばん大事なポイントです。


ここからは、西欧がどんな流れをたどって現在につながっていったのか、その大きな骨格を、肩の力を抜きつつ追っていきましょう。
細かい出来事よりも、「どうつながっているか」を意識すると、ぐっと見えやすくなりますよ。


古代の西欧

西欧史のスタート地点として、どうしても外せないのが古代ギリシャ古代ローマです。
ここはもう、土台中の土台。あとから何度も戻ってくる原点ですね。


まず古代ギリシャ。
哲学や科学、政治思想といった分野で、「考える」という姿勢そのものを形にしました。
ソクラテス、プラトン、アリストテレス──名前を聞いたことがある人も多いはずです。
彼らが向き合ったのは、「人はどう生きるべきか」「社会はどうあるべきか」という根っこの問い。感情や慣習ではなく、理屈で考えようとしたところがポイントです。


世界を理解しようとする姿勢そのものが、ここで生まれた──そんな言い方もできます。


その流れを引き継いだのがローマ帝国。
ローマがすごかったのは、思想だけで終わらせなかったところです。 法の支配、共和制の考え方、行政制度。広い領土をどうまとめるか、どう運営するかを本気で考え、仕組みとして整えていきました。


その結果、地中海世界はローマによって一つにまとめられます。
言語や文化が違っていても、「共通のルール」でつながる世界。
ここで形づくられた基盤が、のちのヨーロッパ社会、さらには現代国家へと受け継がれていくわけです。


古代の西欧は、思想の種と制度の型を用意した時代。
あとに続くすべての時代が、ここから何かを借りている──そんな重要な章なんですね。


中世の西欧

ローマ帝国がゆっくりと衰えていくと、西欧の世界は中世と呼ばれる時代へ入っていきます。
この時代をひとことで言うなら、土地を中心に人と人が結びつく封建社会。領主と農民が役割を分け合いながら生きる仕組みで、身分や義務は生まれた瞬間からほぼ決まっていました。なかなか身動きが取りにくい社会──そんな空気感です。


そして、この中世西欧を語るうえで欠かせない存在がキリスト教、とくにカトリック教会。
教会は「祈る場所」というだけでなく、政治や教育、文化の中心でもありました。文字を扱える人も、学問を受けられる場所も、だいたい教会の中。影響力、かなり大きめです。


王権と結びつく場面も多く、宗教と政治ががっちり絡み合う構造──これが中世西欧の大きな特徴でした。
芸術や建築、学問が宗教的な価値観をベースに発展していくのも、自然な流れだったわけですね。


ここで、もうひとつ大事な転換点があります。 西フランク国王が皇帝として戴冠した出来事です。いわゆる「西の皇帝」の誕生。この瞬間に、「ローマ帝国は終わったけど、西には“帝国の系譜”が続いている」という共通イメージが、ぐっと強まりました。


「西の帝国」という象徴が生まれたことで、西欧は文化的にも精神的にも一つのまとまりを意識し始めた、というわけです。
言語や風習が違っても、「同じ世界に属している」という感覚。その積み重ねが、西ヨーロッパ文化圏の土台になっていきました。


バラバラに見えがちな中世西欧。でもその内側では、封建社会、キリスト教、そして「西の帝国」というイメージが、静かに世界をつないでいたんです。


ルネサンス以降の西欧

14世紀から16世紀にかけて始まったルネサンスは、西欧史の中でも空気がガラッと変わる、大きな転換点です。
古代ギリシャ・ローマの知があらためて見直され、人間そのものに目を向けるヒューマニズムが広がっていきました。
「神のため」だけではなく、「人はどう感じ、どう考えるのか」。そんな視点が前に出てきた時代です。


レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロといった芸術家たちは、その変化を作品の中ではっきり示しました。
肉体の美しさ、感情の動き、現実世界のリアルさ。
中世とは違う価値観が、絵や彫刻として目に見える形になっていったわけですね。


そして、もうひとつ見逃せないのが科学的思考の確立です。
ガリレオやニュートンの研究は、「世界は偶然や神秘だけで動いているのではない」「理性と法則で理解できる」という考え方を広めました。観察し、実験し、確かめる。その積み重ねが、近代科学の土台になります。


神や伝統だけに頼らず、人間の理性で世界を読み解こうとしたこと──それこそが、西欧が近代へ進む決定的な一歩でした。


こうして西欧は、
古代の思想、
中世の宗教社会、
そしてルネサンス以降の科学と文化──
それぞれを重ね合わせながら、現在へとつながる歴史を形づくっていったのです。


まとめとしてお伝えしたいのは、西欧諸国を理解することが、世界史現代の国際関係を読み解くうえで欠かせない視点だという点です。
これまで見てきたように、西欧諸国は歴史のさまざまな局面で、大きな転換点を生み出し、文化や政治、価値観の形成を主導してきました。


近代国家の制度、民主主義の考え方、経済の仕組み──その多くは、西欧で積み重ねられた経験の延長線上にあります。
だからこそ、西欧を知ることは、単に一地域の歴史を学ぶことではありません。世界がどう動いてきたのか、その「流れ」を理解することにつながります。


西欧諸国を学ぶことは、世界の成り立ちを立体的に捉えるための、確かな入り口です。


文化の違いに目を向け、歴史の背景を知ることで、現代社会のニュースや国際情勢も、これまでより少しだけ輪郭がはっきりしてくる。
その一歩として、西欧諸国の理解は、とても意味のある出発点になるはずです。