ソ連は成立間もなく、「五か年計画」と呼ばれる計画経済をスタートさせました。計画経済とは何をどのようにどのくらい生産するのか国家が計画し、その計画にもとづき経済活動を行うというもの。
そしてソ連が5年間で達成することを目指して作った計画を「五か年計画」といい、成立から崩壊にいたるまで第1次〜第11次が実行されました。
とくに第一次で行われた重工業化と農業集団化は社会主義国家建設の土台となったことから重要です。
世界恐慌を受け、預金を引き出そうとアメリカ連合銀行前に大挙する群衆
1930年代に世界恐慌の嵐が吹き荒れ、資本主義国が不況に苦しんでいる時でも、ソ連がその影響を受けずに済んだのは、土地や工場を国有化し、生産・流通・分配あらゆる経済活動を中央政府が管理していたためです。
無論、計画経済には自由競争がない=経済活動の革新も起こらないという相当大きなデメリットもあるからこそ、冷戦末期には停滞し、ソ連崩壊に繋がるわけです。
しかし世界恐慌で資本主義国が大混乱に陥る中、一人勝ちのように社会主義の優位性を「証明」し、中央政府が独裁的な権力を握ってしまったため、ソ連は言論の自由のない閉ざされた国となってしまったのです。
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