リミニの歴史

リミニのティベリウス橋

 

リミニ(伊:Rimini)は、イタリア北東部・エミリア・ロマーニャ州、アドリア海沿いに位置する港湾都市です。古くから海上交易や漁業がさかんで、サンマリノ共和国(イタリア領に囲まれた都市国家)の玄関口にもなっています。

 

リミニの時代変遷

 

古代

古代エトルリア人により建設された町に起源を持ちます。のちにローマに征服され、エミリア街道東端の植民都市「アリミヌム(Ariminum)」となり、フェニキア人やガリア人の侵攻を食い止める軍事的要衝とされました。ローマ帝政期の始まりとともに本格的な都市整備が始まり、「アウグストゥスの凱旋門」を始めとする、数々の目を引く建築物が建てられています。

 

中世

西ローマ帝国崩壊後は、東ゴート王国東ローマ帝国(ビザンツ帝国)による支配を経て、フランク王国に占領され、8世紀、フランク王ピピンが獲得領土を教皇に献上したことで教皇領となりました(ピピンの寄進)。13世紀初頭に自由都市となったものの、同世紀末からはマラテスタ家がこの地域を治め、その支配が16世紀初頭まで続くことになります。マウテスタ家の統治終焉後は、数年のヴェネツィア支配を経て、教皇領に戻り、教皇領第二の町”として一定の自治のもと発展していきました。

 

近代

18世紀末、フランス革命戦争(1792〜1802年)の中でフランス革命軍に占領され、フランス傀儡のチサルピナ共和国に併合されました。ナポレオン戦争後(1803〜1815年)に教皇領に戻りますが、フランス革命の影響でイタリア統一運動(リソルジメント)が活発化し、19世紀後半にはその運動を主導したサルデーニャ王国の一部に。

 

イタリア統一後

そして1861年以降は、統一完成により建国したイタリア王国の一部として運命を共にすることになりました。第一次世界大戦ではオーストリアの、第二次世界大戦では連合軍の攻略対象となり、市街は少なくない被害を被りましたが、戦後は再建が着実に進められ、工業や観光資源を背景に、経済発展を遂げていきました。