戦間期

これは平和ではない。20年間の休戦にすぎない。

 

ウィンストン・チャーチル『第二次大戦回顧録』より

 

戦間期(英:interwar period)とは、第1次世界大戦の終結(1918年11月)から第2次世界大戦の勃発(1939年9月)にいたる約20年間の「平和」のことです。第一次大戦で最悪の被害を受け、戦前と戦後ではまるで「別世界」となったヨーロッパにとっては、特に重要な意味をもちます。

 

 

戦間期の開始

1918年11月、未曾有の人的・物的被害を生んだ第一次世界大戦が終結。パリ講和条約の調印を経て、新しい国際秩序ベルサイユ体制が開始されました。総力戦により各国疲弊し、復興の道は険しいものでしたが、アメリカからの支援や国際連盟主導の平和外交の成果もあり、20年代半ば以降はようやく相対的安定をみるのです。

 

戦間期の体制

第一次世界大戦は帝国主義に終止符を打った出来事でもありました。戦争の長期化による犠牲者の増大・経済不況・飢饉の深刻化は参戦各国の内政に深刻な打撃を与え、戦争終結前後にドイツ帝国、ロシア帝国、オーストリア=ハンガリー帝国、オスマン帝国というヨーロッパで覇を争った四大帝国が消滅しているのです。

 

戦前と戦後でヨーロッパの姿はまるで「別世界」であり、戦間期のヨーロッパ情勢を把握する為には、どの国の体制がどう変わったのか理解しておく必要があります。

 

第一次大戦終結前後で体制が変わった国々
ロシア帝国⇒ソビエト連邦

第一次大戦中、ロシア革命で崩壊(1917年)。後継国としてソビエト連邦が成立。世界初の社会主義国家として、戦間期は「計画経済」のもとヨーロッパで唯一高度経済成長を続けた。

 

ドイツ帝国⇒ワイマール共和国

第一次大戦中、ドイツ革命で崩壊(1918年)。後継国としてワイマール共和国が成立。アメリカのドーズ案の成果もあり復興に向かっていたが、世界恐慌で破綻。ファシズムが蔓延し、ナチス・ドイツ(第三帝国)成立に繋がった。

 

オーストリア・ハンガリー帝国⇒オーストリア共和国,ハンガリー共和国

第一次大戦中、オーストリア革命、ハンガリー革命で崩壊(1918年)。後継国としてオーストリア第一共和国、ハンガリー第一共和国が成立。前者はナチスドイツに併合(1938年)され、後者は共産化(1919年)によりそれぞれ崩壊した。

 

オスマン帝国⇒トルコ共和国

第一次大戦後、トルコ革命で崩壊(1922年)。後継国としてトルコ共和国が成立。世界恐慌で打撃を受けたが、ソ連の「計画経済」の影響を受けた「国家資本主義」のもと徐々に復興を遂げていった。

 

戦間期の終焉

30年代、世界恐慌が勃発すると、せっかく上向きだした経済も再びどん底に落とされ、国際協調のムードは一変。「持てる国」はブロック経済政策で排他的になり、「持たざる国」はファシズムの台頭を許し、軍備拡張・対外侵略を推し進めてしまいます。こうしてヨーロッパでは「持てる国」と「持たざる国」が対立を深めていき、最後には第一次世界大戦で先送りにされていた問題が一気に爆発。再び狂気の世界大戦に身を投じていくのです。

 

ヴェルサイユ講和条約締結からちょうど20年後、1939年に始まるこの第二次世界大戦は、事実上「第一次世界大戦の延長戦」となり、戦間期は「平和の時代」ではなく「20年間の休戦期間(インターバル)」に過ぎなかったのです。

 

 
ページの先頭へ戻る