イギリス革命

イギリス革命とは、17世紀イギリスで起こった二つの革命(清教徒革命と名誉革命)の総称です。イギリスはこの革命によって、絶対王政を打倒し、立憲君主制を確立。他のヨーロッパの国々より一足早く内政を落ち着かせ、世界最速で近代市民社会を築き上げました。そして経済力・軍事力を背景に瞬く間に勢力を広げ、世界の覇権を握る「大英帝国」を築き上げたのです。

 

このページの内容
  1. 清教徒革命
  2. 名誉革命

 

清教徒革命

清教徒革命は、1642年、清教徒(ピューリタン)が中心勢力となって起こされた市民革命で、チャールズ一世の失政に対する国民の不満が背景にありました。王党派と議会派の武力衝突に発展し、クロムウェルの鉄騎隊の活躍もあり議会派が勝利。チャールズ一世の処刑、王政の廃止とともにイギリス史上初の共和政が開始されました。

 

王政復古へ

しかしその後実権を握ったクロムウェルが護国卿として独裁政治を行ったため、彼の死後チャールズ2世が即位し王政に戻りました。

 

名誉革命

名誉革命は、1688年から89年にかけて起こった革命で、王政復古後,議会無視の専制政治を行ったジェームズ2世を追放し、オラニエ公ウィレムとその妃メアリ2世を王位につけるまでの一連の流れを指します。“名誉”革命という呼称は、清教徒革命と違い、この革命が一切の流血をともなわなかったことに由来します。

 

無血で終わったのは、議会に救援を求められイギリスに上陸したウィレムの軍勢に対し、ジェームズ2世は一切抵抗せずフランスへ逃亡してしまったためです。

 

立憲君主制へ

その後ウィレム夫妻が共同統治者として即位し、89年2月即位の条件として提出された「権利の宣言」(=議会の承認がなければ法律の制定も課税もできないとする誓約)も承認します。同年12月議会はこれを「権利の章典」として制定し、議会を中心とする立憲君主政が確立。17世紀における議会と国王の対立にも終止符が打たれたのです。

 

 
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