古代ローマは左側通行だった?

 

「道路の進行方向」において、日本のような左側通行は実は世界的には少数というのはご存じでしょうか。アメリカが右側通行というのは知ってる人も多いと思いますが、ヨーロッパでもイギリス以外、右側通行の国がほとんどです。しかし面白いことにヨーロッパの原型となった古代ローマは左側通行だったと考えられているのです。

 

「古代ローマは左側通行」の根拠

その根拠の一つが、古代ローマ時代の遺跡から出土した「荷車の轍(わだち)の跡」です。跡を調べてみると、左側の轍の方が深く沈んでいることから、出発時のほうが荷車が重たかった=荷物を積んでいた、ということでつまり左側通行であったと考えられているのです。

 

なぜ右側通行になったか

古代ローマ滅亡後も、ヨーロッパでは長らく左側通行のままであったのですが、今ではほとんど右側通行になっているのは、「革命の申し子」として有名なナポレオンの影響であるといわれています。

 

ナポレオンはフランス革命戦争、ナポレオン戦争を通して、一時的にではありますが、ヨーロッパのほぼ全土を征服しています。彼はその際に征服地の交通網の開発を積極に行い、右側通行をルールとして定着させたのです。今ヨーロッパのほとんどの国が右側通行なのはその名残である、と考えられているわけですね。

 

逆にナポレオンに征服されなかったイギリスや、鎖国で長らくヨーロッパからの影響が薄かった日本には左側通行が残ったということです。

 

ナポレオンがわざわざ右側通行で統一したがった理由は、彼が左利きだったからとか、戦術のためとか、貴族の支配を否定するためとか諸説あります。