東ローマ帝国は、395年、分裂したローマ帝国の東方領として成立した国で、成立時はバルカン半島、小アジア、シリア、エジプトなどを領土としていました。
対して神聖ローマ帝国は、912年、東フランク王国(おおむね現在のドイツ)のオットー1世の即位にともない成立し、おおむね現在のドイツ文化圏(ドイツ、オーストリア、スイスなど)を領土としていた国です。
両者は全く異なる国で、違いを挙げればキリがありませんが、例えば構成民族に目を向けてみると
東ローマ帝国
→最初は様々な民族を内包する多民族国家でしたが、ラテン文化離れと、領土縮小の結果、7世紀頃にはほぼギリシア人しか住まない国に。
神聖ローマ帝国
→上に同じく最初は多民族国家でしたが、14世紀以降は非ドイツ領土を次々と失った結果、16世紀にはわざわざ国号の頭に「ドイツ国民の」とつけるほどにドイツ人優勢に。
といったような違いがありますね。
その他政治面では東ローマは中央集権化・皇帝専制を確立していたのに対し、神聖ローマは王・公爵・伯爵・司教などの権力者が並存し、数十の領邦で構成されたパズルのように細分化された国でした。
そして宗教面では東ローマでは正教会、神聖ローマではローマ・カトリック教会が支配的な国でしたが、16世紀以後の宗教改革により神聖ローマ帝国内の宗教派閥は入り乱れ、17世紀には「神聖ローマ帝国」という国はもはや名目だけの存在になっています。
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