モリーゼ州の歴史

モリーゼ州の歴史

モリーゼ州は古代サムニウム人の故地として知られ、ローマ帝国に征服された。中世には南イタリアの小領邦の一部として分割支配され、後にナポリ王国に組み込まれた。本ページでは、モリーゼ州の歴史的変遷や地域的特徴、南イタリア史での位置づけを理解する上で重要なこのテーマについて、より詳しく探っていこうと思う。

モリーゼ州

モリーゼ州のテルモリ


モリーゼ州(伊:Molise)は、イタリア中東部に広がる、ヴァッレ・ダオスタに次ぎ国内2番目に小さな州です。州都はカンポバッソ。ブドウ・穀物・オリーブなどを中心とした農業、パスタ・肉・ワインなどを中心とした食品加工業、美しい自然を強みとした観光業などがさかんに行われています。


モリーゼ州の成り立ち

1965年、アブルッツォ・エ・モリーゼ州が分割され、アブルッツォ州とモリーゼ州に分かれたことで成立しました。自治体が置かれたのは1970年のことなので、まだ誕生して50年余りという、イタリア全20州の中で最も若い州といえます。この地方は19世紀後半のイタリア王国への併合以来、大量の人材が発達した工業都市へと移住してしまったため、19世紀半ばからほとんど人口が変わっておらず、イタリアでも経済的に立ち遅れた州の一つになっています。