なぜ神聖ローマ帝国で「大空位時代」が生じたの?

神聖ローマ帝国の「大空位時代」とは

神聖ローマ帝国の「大空位時代」とは、1250年のフリードリヒ2世死去後に皇帝が長く不在となった時期である。諸侯の自立が進み、帝国の統一性は大きく揺らいだ。本ページでは、中世ドイツの分裂や皇帝権の弱体化、帝国の制度変化を理解する上で重要なこのテーマについて、より詳しく探っていこうと思う。

なぜ神聖ローマ帝国で「大空位時代」が生じたの?

神聖ローマ帝国で皇帝が存在しない「大空位時代」が生じたのはなぜですか?

神聖ローマ帝国で、皇帝がいない状態が続いた大空位時代はシュタウフェン朝が断絶した1254年から始まります。シュタウフェン朝断絶後、オランダ伯のウィレム2世が即位しているのですが、1256年に死亡し、ここから皇帝選出をめぐる混乱が始まるのです。


イングランド王国、カスティーリャ王国など諸外国は、この混乱に乗じてドイツ諸侯に働きかけ、傀儡の王(非ドイツ人)を立てますが、彼らはドイツに全く顔を出さなかったので皇帝とは認められません。


このようにしてドイツを直接支配する統治者がいない状態がしばらく続きましたが、1273年、ハプスブルク家ルドルフ1世が即位したことで大空位時代は終わりを告げました。


ウィレム2世(画像左)の死亡で大空位時代が始まり、ルドルフ1世(画像右)の即位で終焉をみた。