ウィーン体制はヨーロッパ列強が協調し、革命運動や領土変更を抑制したことが特徴である。複数国間の外交会議と軍事同盟が秩序維持の柱となった。本ページでは、このあたりの歴史的背景と後世への影響について詳しく掘り下げていく。

ウィーン体制の正統主義と勢力均衡とは
正統主義は王朝の復位を正当化し、勢力均衡はヨーロッパ列強間で力を均等に保つ考え方である。両者はウィーン体制の基本原則として機能した。本ページでは、このあたりの歴史的背景と後世への影響について詳しく掘り下げていく。
正統主義とは、1814年ウィーン会議の中でフランス代表のタレーランによって提唱され、ウィーン体制の原則として採用された反動的な政策です。
ウィーン体制を支えた正統主義の提唱者タレーラン
正統主義を理念としたウィーン体制が始まると、各国の領土は「正統」な君主のものであるという考えに基づき、ナポレオンに乱された国境の再画定と、フランスでのブルボン王朝復帰をはじめヨーロッパ各国で王政復古が行われました
一方、勢力均衡とは、ウィーン会議で決定された今後のヨーロッパ秩序の方針のことで、国家間同盟により、どこか一国に力が集中するのを避け、侵略戦争を抑止しようとする政策です。ナポレオンのように対外侵略を国家政策とする「皇帝」の出現を、ヨーロッパ諸国が恐れていたことが背景にあります。
正統主義は1848年革命によるウィーン体制の崩壊で消滅したものの、勢力均衡に関しては、ウィーン体制崩壊後もドイツやイギリスなど時の覇権国により維持されました。
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