大航海時代で実証された地球球体説とは?

 

地球球体説とは、私たちが住むこの大地が「丸い」とする学説です。現代においては、もはや誰もが知る一般常識となっていますが、天文学や地理学が未発達であった古代や中世においては、「大地は円盤状である」とする「地球平面説」が信じられていました。

 

 

地球球体説をコロンブスに説いた人物とは

それまで信じられていた地球平面説を覆し、地球球体説の確立に大きく貢献したパオロ・トスカネリ(1397年〜1482年)というイタリア・フィレンツェ出身の天文学者・地理学者(本業は医者)がいました。彼は古代のプトレマイオスやマルコ・ポーロの地球球体説を信じ、イタリア人探検家のクリストファー・コロンブス(1451年頃〜1506年)に、「西回り航路によりインドに到達できる」と説き、新航路を記した世界地図を制作し、彼のアメリカ大陸発見に影響を与えました。

 

地球球体説を支持し、西回り航路でアメリカに到達したコロンブス

 

なおコロンブスが実際に到達したのはアメリカ大陸のカリブ海群島でしたが、自身が支持する地球球体説に基づき、ヨーロッパから地球をぐるっと回ってインドに到達できたと思い込みました。現在この群島が西インド諸島と呼ばれ、アメリカの先住民が「インディアン」と呼ばれるのはこれが理由です。

 

地球球体説の証明と大航海時代

地球球体説が広く受け入れられたのは、特に大航海時代の探検によるものでした。以下に、大航海時代における重要な探検家とその功績を紹介します。

 

フェルディナンド・マゼラン(1480年〜1521年)

ポルトガル出身の探検家であるマゼランは、世界初の世界周航を達成したことで知られています。1519年、スペイン国王の支援を受けて西回り航路でインドを目指しました。彼自身は途中で命を落としましたが、部下が航海を続け、1522年にスペインに帰還。これにより、地球が球体であることが実証されました。

 

バルトロメウ・ディアス(1450年頃〜1500年)

ポルトガル出身の探検家で、ヨーロッパ人として初めて喜望峰に到達しました。彼の航海は、アフリカ南端を回ってインドへ向かう航路の可能性を示し、後のバスコ・ダ・ガマによるインド航路の開拓につながりました。

 

バスコ・ダ・ガマ(1460年頃〜1524年)

ポルトガル出身の探検家で、アフリカ南端の喜望峰を回り、インドに到達しました。これにより、ヨーロッパとインドとの間の直接貿易が可能となり、香辛料貿易が活発になりました。

 

アメリゴ・ヴェスプッチ(1454年〜1512年)

イタリア出身の探検家で、南アメリカ大陸がアジアとは別の新大陸であることを明らかにしました。彼の名前にちなんで、アメリカ大陸が命名されました。

 

地球球体説の影響

地球球体説の確立は、科学、地理学、航海術の発展に大きな影響を与えました。この説が証明されたことで、地球の大きさや形状に対する理解が深まり、地図の精度も向上しました。また、新たな航路の発見は、貿易の活発化と文化の交流を促進し、世界がより一体化するきっかけとなりました。

 

地球球体説の実証は、人類の知識と理解の大きな飛躍を意味しました。大航海時代の探検家たちの勇気と探求心は、地球の形状に関する真実を明らかにし、現代に至るまで続く科学的発展とグローバルな交流の基盤を築きました。これにより、地球が丸いという認識は広く受け入れられるようになり、現代の常識となったのです。