モスクワ大公国がモンゴル帝国に勝てた理由

中世のヨーロッパを見渡すと、強大なモンゴル帝国の前に数多くの王国が屈した一方で、モスクワ大公国だけが独立を保ち、さらにはその勢力を拡大することができました。なぜモスクワ大公国だけがモンゴル帝国に立ち向かい、さらには成功を収めることができたのでしょうか。その要因について解説していきます。

 

 

モンゴル帝国内の権力争い

モンゴル帝国の内部では、モンゴル帝国の分裂と権力争いが頻繁に発生していました。モンゴル帝国は広大な領土を抱えており、遠く離れた土地を一手に支配することは困難でした。そのため、モンゴル帝国は内部で頻繁に分裂し、権力争いが絶えませんでした。これによりモスクワ大公国にとっては、モンゴル帝国が一致団結して行動することが少なくなり、モンゴル帝国との抗争において有利な状況が生まれました。

 

モスクワ大公国の統治能力と外交政策

モスクワ大公国の統治者たちは、国内の安定化と統治能力の強化に努め、また、外交政策においても巧みな戦略を用いました。モンゴル帝国から独立を保つために、モンゴル帝国との間に一定の友好関係を保ちつつ、同時にモンゴル帝国の敵対者との同盟を結ぶという二面戦略を取りました。

 

正教の役割

モスクワ大公国がモンゴル帝国から独立を維持できた理由の一つとして、正教の役割も無視できません。モスクワ大公国は、ビザンツ帝国が滅亡した後、正教の中心地として自らを位置付けました。これにより、正教の信者たちから強い支持を受け、領土の拡大と国力の増強に成功しました。

 

モンゴル帝国の内部の不安定さ、モスクワ大公国の巧妙な統治と外交政策、そして正教の支持といった要素が相まって、モスクワ大公国はモンゴル帝国に対抗することができました。この結果、モスクワ大公国はモンゴル帝国から独立を維持し、さらには自身の勢力を拡大することができたのです。