イースター蜂起

イースター蜂起とは、第一次世界大戦中の1916年、アイルランドで発生したイギリスからの独立を目的とした武装蜂起です。20世紀を通して行われたアイルランド独立運動の端緒となりました。

 

 

イースター蜂起の原因

アイルランドは、1801年合同法でイギリスの一部になっていましたが、イギリスに搾取され続ける構造が固定化していたため、アイルランド国内では独立を求める民族主義運動が高まっていました。それを受けイギリスは、1914年、ある程度の自治を認めるアイルランド自治法案を成立させました。

 

しかしながら、折しも同年発生した第一次世界大戦の影響で、この法案の施行は停止。独立派アイルランド人は、戦争による社会的混乱で自治独立の話はうやむやにされ、「独立の機会が永遠に失われるのでは」という危機感を抱きました。そして急進派アイルランド共和主義同盟(IRB)が武装蜂起を画策し、1916年のイースター翌日に、ダブリンでの蜂起決行へと向かったのです。

 

イースター蜂起の影響

蜂起は1週間ほど続いたものの、当初想定した1万人の参加には遠く及ばず、イギリス当局によって鎮圧されました。民衆は必ずしも急進派の蜂起に対して好意的ではありませんでしたが、鎮圧後、指導者達が次々と処刑されたことで、イギリスへの反発を強めていきました。

 

第一次大戦後の1918年、総選挙において、処刑を免れたデ=ヴァレラらの指導者がシン=フェイン党として勝利を治め、独立運動は一気に加速していきます。そして翌19年にアイルランド共和国の独立を宣言したことでアイルランド独立戦争の火蓋が落とされるのです。

 

 
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