ポーランドのスープ「クファシニツァ」
ポーランドは、時計回りにリトアニア、ベラルーシ、ウクライナ、スロバキア、チェコ、ドイツと、様々な国と国境を接しているだけあって、その食文化も様々な国の影響を受けながら、発展してきました。
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地中海沿岸諸国との貿易で、黒胡椒やナツメグなど、食材の臭みを消したり、料理にスパイシーさを加える香辛料が手に入るようになりました。また中世ポーランドは今よりずっと森林面積が広かったので、キノコ、ベリー、ナッツなど、森で採取できる様々な食材が料理に使われていました。
ルネサンス期(14〜16世紀)には、イタリア貴族の女性が、ポーランド王に嫁いだので、それにともない多くのイタリア人料理人がポーランドにやって来ました。この際にもたらされた調理法が、ポーランドで生産がさかんな野菜の役割を飛躍的に高めたため、ルネサンスはポーランド料理の画期となったといわれています。
ポーランド衰退が始まる「大洪水時代」(1655年 - 1660年)以来、穀物生産が停滞した為、代用としてジャガイモの需要が急増しました。
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