フランク王国が分裂したのはいつ?また分裂後成立した国は?

5世紀末に成立し、西ヨーロッパ地域を支配していたフランク王国は、最終的には3つの王国に分裂していきました。ここではフランク王国がいつ分裂したのか、また分裂後に成立した国を解説します。

 

 

フランク王国が分裂したのはいつ?

カール大帝は当時伝統的に行われていた分割相続のために、生前から子供達にそれぞれ領土を分割し分け与えていました。

 

841年カール大帝の死後、その分割された領土を巡って争いが頻発したのです。

 

相続のための分割によって、ルートヴィヒ1世、ロタール1世及び兄弟達、家族による内部対立が深まりました。

 

ルートヴィヒ1世の死後、戦いは更に激化していき841年フォントノワの戦いを経て、ようやく和平としてのフランク王国の分割について正式に合意するに至りました。

 

そして、843年ヴェルダン条約の締結、フランク王国は3つの王国に分割され、それぞれの領有地が定められたのです。その領有地は870年のメルセン条約で決定的になりました。

 

フランク王国分裂後に成立した国はどこ?

フランク王国分裂後に成立した国は、西フランク王国、東フランク王国、イタリアです。これらの国は後の、フランス、ドイツ、イタリアの起源となった国です。

 

西フランク王国は、フランク王国西部の旧ローマ属州がリア地方を領有し、東フランク王国は、フランク帝国の東部ライン川より東側の地域を有し、イタリア王国は、ヴェルダン条約後に成立した中フランク王国からイタリアが残り、こちらがイタリア王国となりました。