ペルージャの歴史

ペルージャ(伊:Perugia)は、イタリア中部、首都ローマの北約160kmに位置する都市です。自然豊かなウンブリア州の州都であり、古代エトルリア時代の建築や中世の面影を残す市街地など見所の多い観光地としても知られます。

 

このページの内容
  1. 歴史

 

歴史

古代

前4世紀頃建設された、エトルリア連合市の1つ「ペルシア(ラテン語:Perusia)」を起源とし、前219年〜前201年の第二次ポエニ戦争では、ローマの援軍としてカルタゴと戦っています。

 

中世

11世紀以降に自由都市となり、13世紀にはペルージア大学が設立されるなど学芸面でも勃興。ルネサンス文化の開花とともにペルジーノやラファエロといった名画家を輩出するなど、ウンブリア地方の政治的・文化的中心として強い存在感を放っていました。

 

近代

18世紀末、フランス革命戦争の中、イタリア半島はフランス軍に占領され、中部にはペルージャを首都とするティベリーナ共和国が成立。しかしナポレオン失脚により同国は崩壊し、新しく始動したウィーン体制の中、ペルージャは教皇領の支配下に置かれることになりました。

 

イタリア王国の成立

19世紀半ばからイタリア統一運動(リソルジメント)がさかんになると、ペルージャも運動に合流し、教皇に対して反乱を起こすようになります。そして1861年には統一完成とともにイタリア王国が成立し、ペルージャもその一部として運命を共にすることになりました。

 

 
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