サムニウム戦争

サムニウム戦争は、共和政ローマによるイタリア半島統一政策の過程で、ローマ軍とサムニウム人部族との間で行われた戦争です。戦いは前343年から前290年の半世紀にかけ三次にわたり勃発し、結果全ての戦いにローマ軍が勝利をおさめたことで、ローマはイタリア半島の統一を成し遂げることができました。

 

 

第一次サムニウム戦争

戦争期間:前343年〜前341年

 

この戦争はもともと、造山帯に暮らすサムニウム人と、平野部のカンパニア人勢力の争いでしたが、カンパニア人がローマに対し支援を求めたことで、ローマとサムニウム人の戦いへと構図が変わっていきました。ローマは最初穏便な協議でサムニウム人の拡大政策を止めようとしましたが、ローマ側の提案が拒否されたことで、第一次サムニウム戦争の幕が開けたのです。そして3年間の戦いの末、ローマの圧勝という形で終結しました。

 

第二次サムニウム戦争

戦争期間:前326年〜前304年

 

紀元前327年、サムニウム人とカンパニア人の争いが再び激化し、ローマがカンパニア人を支援したことで、第二次サムニウム戦争が開始されました。第二次は20年という長期におよび、序盤ではローマもカウディウムの戦いでの敗北するなど苦戦を強いられました。しかし後半は形勢を立て直し、前304年和議が結ばれ終結しました。

 

第三次サムニウム戦争

戦争期間:前298年〜前290年

 

第三次は、急速に征服地を拡大していくローマへの危機感から、サムニウム人のほうから起こした反乱が発端となりました。しかし高度に組織化されたローマを止めることは叶わず、8年におよぶ戦いの末、サムニウムは完全にローマの支配下に置かれることになったのです。このサムニウム征服をもってローマのイタリア半島統一は完了しました。

 

サムニウム戦争とアッピア街道

アッピア街道は、サムニウム戦争の中で迅速に軍隊を派遣できるように、軍用道路として建設された道路です。第二次サムニウム戦争の時期に、アッピウス=クラディウスの指揮により建設されました。ローマ街道の中でも最も有名なものの1つで、「街道の女王」という異名を持っています。

 

 
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