古代ギリシャの政治制度とは?

 

古代ギリシャとは100以上の独立都市国家の集合体で、一口に古代ギリシャの政治制度といっても、その形態は都市国家の数だけありました。しかし最も典型的とされるのがアテナイ(アテネ)の政治制度で、アテナイは世界で初めて直接民主制(人民による支配)を採用した「現代民主主義の源泉」ともいえる都市国家でした。アテナイでは、アクロポリスの麓にあるアゴラとよばれる広場に集まり、政治家の演説を聞いたり、市民同士で自由に議論を交わしたりしていたのです。

 

君主制、貴族制を経て民主制へ

アテナイも最初期には君主制が敷かれていましたが、やがて一部の有力貴族が権力を握る貴族制に移行していきます。そして前7世紀以降、商工業の発展で裕福な平民が登場し、彼らは自前で武器を用意し重装歩兵として軍隊に参加できるようになります。こうなると貴族も平民の声を無視できなくなり、独裁政治を防ぐ陶片追放など改革を進めていくようになるのです。

 

そして紀元前5世紀のペルシア戦争では、三段櫂船(かいせん)の漕ぎ手として、武器を変えない下層市民も重用されたので、下層市民も政治に参加する道が開け、民主制が成立しました。その立役者として有名なのがペリクレスで、彼は市民権を持つ18歳以上の男子全てに参政権を与え、ほとんどの役職が抽選で選ばれるようにしています。

 

なおあまり記録は残っていませんが、アテナイ以外のギリシアポリスも徐々にアテナイに習った民主主義へ移行していったとされています。しかしいつまでも貴族制が続くポリスも多かったようです。

 

現代民主制との違い

アテナイの「民主主義」は、一般市民の政治参加の道を開いたという点で大きな業績があるとはいえ、皆平等の現代民主主義とは異なり、資産や性別・身分によって政治参加は制限されていました。端的にいえば成人の男性市民である必要があったため、アテナイの民主制の担い手は成人人口の3割程度だったのです。

 

 

デモクラシー(民主主義)の由来

民主制を意味するdemocracyはギリシア語のdemos (人民) と kratia (支配) に由来しています。また「デモス」という言葉は、民主制成立の過程で、部族制を解体することで制定された行政単位「デーモス」に由来しています。