チェコ音楽の特徴と歴史

チェコは、かつてローマ帝国オスマン帝国といった大国がしのぎを削った境界線の近くにあり、国内でも多くの民族同士や異なる宗派同士の衝突があったことから、バラエティ豊かな文化が形成されている国です。そんなチェコで発展してきた音楽の歴史の一部を紹介します。

 

 

宗教音楽の発展

9世紀ごろのチェコでは、スラヴ語のビザンティン聖歌が歌われていました。10世紀ごろからはグレゴリオ聖歌が取って代わるようになりましたが、このころに作曲されたスラヴ語の聖歌のひとつは準国歌のような扱いで近代まで残っていました。

 

14世紀ごろには、チェコの聖歌隊が聖歌だけでなく多くの民俗音楽も演奏していて、ヨーロッパ各地の吟遊詩人たちも来訪し、音楽面での交流が活発に行われました。

 

15世紀ごろに起きた、ヤン・フスを中心とした宗教改革でも、音楽は重要な位置を占めていました。国民にとって難解なラテン語ではなく、生活の中で用いられているわかりやすい言語で聖歌が作られ、この時の作品はのちのスメタナやドヴォルザークにも影響を与えるようになりました。

 

チェコ国民楽派

19世紀のチェコはオーストリアの支配下にありましたが、ここで民族意識を強く反映した作曲活動をしていたのがスメタナです。チェコの歴史や伝統を写し取って作曲した交響曲「わが祖国」の中の「モルダヴ(ヴルタヴァ)」が有名です。

 

また同時代の作曲家ドヴォルザークも、彼が幼いころから親しんできたチェコの民謡に影響された曲を多く作曲しました。独特の哀愁を帯びたその作品は同時代の作曲家たちに高く評価され、チェコの音楽が世界に広まりました。

 

有名な曲

ドヴォルザーク『フス教徒』

ヤン・フスとその支持者たちを題材にした演劇のために作曲された曲で、フス派の人たちが作曲した軍歌を引用している。

 

スメタナ『売られた花嫁』

チェコ国民オペラの代表作で、民族舞踊や民謡と、西洋音楽の型通りの手法を融合させた作品。