アナーニ事件の教皇の死因「憤死」とは?

フィリップ4世が教皇ボニファティウス8世を襲撃させた事件で、教皇は「憤死した」と表現されていますが、これって死因なのですか?

アナーニ事件の中で、教皇はフィリップ4世の使者に暴行・監禁されて、権威もプライドも激しく傷つけられました。当然激しく怒ったはずです。

 

その後彼は支持者により解放されましたが、結局屈辱を晴らすことはできず怒りを抱いたまま病死しました。そして側近は教皇が悔しさのあまりに亡くなったと主張したことから「憤死」と表現されているのでしょう。

 

実際の死因は高齢と長年の不摂生による腎臓病の悪化と考えられていますが、監禁時に受けた暴行やストレスが悪化を早めた可能性はあるでしょう。

 

ちなみにその死因が「憤死」と表現されている歴史上の人物は、ボニファティウス8世以外にも洋の東西を問わず結構います。