ローマ帝国が分裂した理由とは?

領土を拡大し、統一国家として帝政を進めていたローマ帝国は、コンスタンティヌス1世の死後は分裂していき、以降統一されることはありませんでした。

 

ここでは、ローマ帝国が分裂した理由ついて簡単に説明していきます。

 

 

ローマ帝国分裂を引き起こした複数の理由

古代ローマ、共和制ローマ時代でも分割統治が行われていたように、広大な領土を統一することは中々容易ではなかったようです。

 

ローマ帝国は、イタリア半島周辺だけでなく、地中海沿岸地域、北アフリカや西アジア辺りまで支配していたことが、逆に統治を難しくしました。

 

また、ローマ帝国は常に周辺からの攻撃も受けており、このことは帝国の経済を不安定にし、また奴隷が不足していったことによる労働力低下も、統治が崩れた要因ともされています。

 

このような背景や、過去にも複数の皇帝による分割統治が行われていたということあり、統一後に再度分割統治を採り入れたのかもしれません。

 

ローマ帝国分裂の決定的理由

混乱が続いていた軍人皇帝時代、帝政を強化しローマ帝国は一時期安定したが、コンスタンティヌス1世、テオドシウス1世の死後は再び分裂していきました。

 

395年テオドシウス1世が死の直前に、息子達に領土を東と西に分け与えたことによるものです。

 

このことにより、イタリア半島周辺地域を含む西ローマ帝国、コンスタンティノープルを中心とした地域の東ローマ帝国が誕生したのです。

 

以降、帝国が再び一つの国家として統治されることはなかったので、ローマ帝国分裂の決定的理由とも言えるでしょう。