ターラントの歴史

タ―ラント海岸の城壁

 

ターラント(伊:Taranto)は、プッリャ州に属するイタリア南部の港湾都市です。イタリア半島を“ブーツ”に見立てた時の“かかとの内側の付け根”部分に位置し、南イタリアではナポリ、バーリに次ぐ第三の都市となっています。

 

タ―ラントの成り立ち

前8世紀頃、ギリシア民族のスパルタ人に建設された植民市「ターレス」(※ギリシア神話の英雄の名に由来)に起源を持ち、当時は陶器産業の中心地として栄えていました。前3世紀以降はローマ支配下の「タレントゥム」として、アッピア街道を利用した交易で引き続き栄えました。西ローマ帝国崩壊後のターラント含め南イタリア一帯は、11世紀以降はシチリア王国に、15世紀以降はスペイン王国に支配されるようになりました。

 

近代以降

19世紀半ばのイタリア統一運動(リソルジメント)の結果、イタリア王国が成立し、タ―ラントもその一都市となりました。イタリア王国が第二次世界大戦に参戦すると、タラントはイタリア海軍の重要拠点だったため、イギリス軍による空爆(タラント空襲)により大きな被害を受けています。戦後は復興を遂げ、現在は農業依存で低迷する南部イタリア(いわゆる南北問題)における、工業化政策の中心地として、多くの重工業施設が稼働しています。