カイロネイアの戦い

カイロネイアの戦い

カイロネイアの戦いは、紀元前338年、テーバイ領ボイオティア地方カイロネイアで起こった、ギリシア北方で影響力を強めるアルゲアス朝マケドニアと、その伸張を脅威とみたアテナイ・テーバイ連合軍との間で起こった戦いです。この戦いでマケドニアが大勝した結果、ほとんどのギリシアポリスはマケドニアの支配下におかれ、ギリシア文明を牽引してきたアテナイの民主政も終焉を迎えるなど、古代ギリシャ史の大きな転換点となりました。

 

 

 

カイロネイアの戦いの背景

マケドニア王国はギリシア北部に位置する、前9世紀頃古代ギリシャ人により建国された王国です。宗教も言語もギリシア系ですが、政治的にはギリシア諸ポリスとは異なる文化を持っていました。初期こそ大した脅威ではなかったものの、ギリシア世界が内乱で揉める中で、国内整備や領土拡張を着実に推し進め、ギリシア世界への影響力を強めていきました。

 

カイロネイアの戦いの開戦

前4世紀に入ると、マケドニアはあからさまにギリシア全土の覇権確立を目論むようになり、アテナイ、テーバイなどギリシア諸ポリスとの対立が顕在化します。対立が続く中、マケドニアのフィリッポス2世は和平案を提案しましたが、ギリシア側は全て拒否。最後通告を蹴られたマケドニアはついにギリシアに侵攻を開始したのです。

 

カイロネイアの戦いの結果

ギリシア連合軍約3万5000、マケドニア軍約3万2000と戦力はほぼ互角でしたが、最終的にはよく組織化され、軍事力で上回るマケドニアが勝利しました。連合軍側は重装歩兵を中心とした戦術で責めましたが、マケドニアの軽歩兵中心の戦術に打破され、あえなくギリシアの覇権をマケドニアに譲り渡すことになったのです。そして戦後結成された、マケドニア主導のコリントス同盟(ヘラス同盟)にスパルタ除く前ギリシアポリスが加盟したことで、全ギリシアポリスはマケドニアの支配下に屈することになりました。

 

カイロネイアの戦いの影響

この戦いの結果、マケドニアにより長年バラバラで争い続きだったギリシア世界が統一されたともいえ、ギリシア全体にとっては必ずしもネガティブな結果ともいえません。実際マケドニアはその後も覇権を広げていき、ギリシア文化がオリエント世界にまで浸透したことで、ヘレニズム文化が勃興しているのです。

 

スパルタが戦争に不参加な理由
対マケドニアで結成されたギリシア連合に、アテナイに並ぶ強国であるスパルタは不参加です。理由はハッキリはしていませんが、スパルタが反マケドニア国というわけではなかったこと、連合国の1つであるテーバイとの仲が良くなかったから、などの説があります。戦後マケドニアとギリシア諸ポリス間で、兵力供出などを義務づけるコリントス同盟(ヘラス同盟)が結ばれましたが、この同盟にもスパルタは不参加。そもそもスパルタはもともと他国との交流を好まない鎖国的な国であったので、国家成立以来保ってきた自治独立のやり方に干渉されたくなかったのでしょう。

 

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